スライド27

サーブもリターンもだめな錦織がそれでもトップ10にいられる理由

前回の記事では、今年の錦織はサーブもリターンも平均以下のパフォーマンスであることを示しました。

ここで当然、疑問が湧くはずです。「サーブもだめ、リターンもだめ。それでどうしてトップ10にいられるのか?

単純にランキングだけの話をすれば、「グランドスラムでベスト8以上に勝ち残ってポイントを稼いでいるから」ですが、それでは答えになっていません。

というわけで今回は、錦織を支えているのはどんな能力で、それはツアー全体でどんなレベルなのかを、今季のデータから探っていきます。

サーブ、リターン、あとは何がある?

当然ですが、テニスはサーブ力とリターン力がすべてではありません。サーブ、リターンのあとにはラリーが発生するからです。サーブを返されたあと、サーブを返したあとの打ち合いの強さというのもまた重要な能力です。

わかっている人は、「サーブもリターンも並以下」と聞いてすぐ想像がついたと思いますが、サーブは簡単に返される、リターンはよく失敗する、でもラリーには強いのが錦織ではないかという推測ができるわけです。

では、サーブを返したあと、返されたあとのラリー力はどうやって測ればよいでしょうか。前回の記事では、サーブ非被返球率(Unreturned Serves %)とリターン成功率(Returns Made %)という2つの指標を紹介しましたが、この2つを利用して新しい指標を作ります。

Points Won after Serves Returned %(サーブ被返球時ポイント獲得率)
自分のサーブを返された局面に限ったときのサービスポイント獲得率。リターンされたときのラリーでの強さを示す。被返球率ラリー勝率、被返球時獲得率。
Points Won after Returns Made %(リターン成功時ポイント獲得率)
相手のサーブを返した局面に限ったときのリターンポイント獲得率。つまり、リターン成功後のラリーでの強さを示す。返球時ラリー勝率、返球時獲得率。

イニシャルを取って、PWASM、PWARMと略すとセイバーメトリクスっぽいですね(読み方は「プワスム」「ピーワーム」でしょうか)。

今回はこの2つの指標から、錦織がサーブ、リターンの出来をラリーでカバーしているのかを検証します。

サーブは返されてもいい?

まずはサーブから。錦織がサーブの返されやすさに対してどのくらいその後のラリーに強いのか、ツアーレベルの選手別データで比較します。

画像1

このグラフは、横軸がサーブの非被返球率、縦軸が被返球時ポイント獲得率です(伝わらないと思いますが、水際防御と縦深防御のような関係)。右上ほど優秀で、右下ほど返されにくい代わりに返されると弱い選手、左上ほど返されやすいけれど返されても関係ない選手と言えます。

利用したデータは、今季シンシナティまでのマスターズ7大会とグランドスラム3大会のうち、詳細な情報が存在する658試合分。選手数172人分。データが今シーズンのものしかないので、塗り分けは今季に稼いだポイントに基づくランキング(いわゆるレースランキング)に準拠した。グレーの点線は全員の平均。

錦織は全体では左上、フォニーニのすぐ近くです。上位陣の中では左下ですが、明らかに離されているわけではなく、トップ10で下位争いができる程度のポジションです。ラリーまで考慮すると上位陣に食い込めるサービスポイント獲得能力があると言えそうです。

- Unreturned Serves %:24.9%(平均 -3.4%)
- PWASR%:53.7%(平均 +3.7%)

2ndサーブは“ど真ん中”

では、その能力は1stサーブと2ndサーブでどう違うのでしょうか。《1stサーブの非被返球率と被返球時ポイント獲得率》《2ndサーブの非被返球率と被返球時ポイント獲得率》の2とおりに分けてみます。

画像2

画像3

※ ウィンブルドンのみ、1st、2ndごとのデータが取得できないため、ここでは除いている。

- 1st Serve Ureturned %:27.1%(平均 -6.5%)
- 1st-PWASR%:58.3%(平均 +5.0%)

- 2nd Serve Ureturned %:17.5%(平均 +0.2%)
- 2nd-PWASR%:44.0%(平均 +0.3%)

1stサーブはトップ層の中では最も返されやすいものの、ラリーでは上位陣下位と渡り合えるレベルにあります。1stサーブは上位陣で最も返されやすいもののラリー支配力を考えればトップ10で下位争いができていると言ってよいでしょう。

前回記事でも少し触れたように1stサーブの機会は2ndの倍くらいあるので、1stサーブがサーブ全体の傾向と似ているのはあまり意外性のない結果です。しかし2ndはやや意外な結果でした。

サーブの返されやすさも、返されたあとのラリー勝率も、平均値ぴったりです(どちらも平均値より若干上ですがほとんど意味のない差)。トップ選手たちは基本的に2ndサーブ非被返球率は平均程度なので、錦織の2ndサーブも返されにくさだけなら上位陣でもふつうの水準ですが、ラリーは最下位。2ndサーブ単体はそれなりでもラリー能力が損ねて、結局トップ10下位になっています。

前回の記事で錦織の2ndは平均より少し優秀と書いたが、シンシナティの結果を加えたところ、やや悪化した。

1stサーブからのラリーでは優位に戦えるのに、相対的に質の高い2ndサーブからのラリーで苦戦するのはなぜか、という点は考察のし甲斐がありそう。1つの推測ですが、錦織の2ndサーブはリターンで狙うべきコースが研究されていて、そこに返すのは難しい代わりに返してしまえばラリー支配力を封じ込められる、ということなのかもしれません。

リターンポイントはラリー依存症

サービスポイントについては、サーブ自体は返されやすいもののラリーの支配力はそれなりだとわかりましたが、リターンポイントはどうでしょうか。なんとなくラリーでカバーしているような気もしますが、データで確かめてみます。

画像4

今度は横軸がリターン成功率、縦軸がリターン後のポイント獲得率です。右上の選手ほどよく返し、返したあとのラリーもものにしていることを示しています。

錦織はトップ層でただ1人、左上のエリアにいますね。しかもかなり上寄りです。サーブは返されやすいものの、ラリーでは圧倒的な強さを誇るということがここからわかります。縦軸の値を見るとジョコビッチを抜いてナダルとほぼ同じ(若干劣る)ですから、リターンゲームのラリー支配力だけならBIG4級の数値です。

逆に言えば、返球能力の低さゆえに、せっかくのラリー能力を十全に発揮できていないという課題の現れでもあります。

- Returns Made %:66.9%(平均 -1.6%)
- PWARM%:55.2%(平均 +9.6%)

ただし、この数字だけで「リターンゲームのラリーではナダルと同等の強さ」と言い切るには抵抗があります。ナダルは今季、GS・MSだけでトップ10選手と10戦してこの成績を残していますが、錦織はここまでわずか3戦ですので、その点は差し引いて評価すべきでしょう。

※ 今季錦織の対トップ10
1. 全豪ジョコビッチ/2. 全仏ナダル/3. WBフェデラー
3回のGSでこの3人をピンポイントで引き当てるのはさすが

2ndサーブを返す錦織は世界最強?

これほど極端にリターンポイントの獲得をラリーに依存しているということは、1stリターンでも2ndリターンでも同じような傾向だと考えられますが、どちらがよりその傾向が強いのでしょうか。サーブと同じように、《1stリターン成功率と返球時ポイント獲得率》《2ndリターン成功率と返球時ポイント獲得率》に分解して確認します。

画像5

画像6

※ ウィンブルドンのみ、1st、2ndごとのデータが取得できないため、ここでは除いている。

- 1st Serve Returns Made %:61.7%(平均 -1.1%)
- 1st-PWARM%:50.2%(平均 +8.3%)

- 2nd Serve Returns Made %:74.7%(平均 -6.7%)
- 2nd-PWARM%:63.2%(平均 +11.7%)

結果、2ndリターンのほうが左上に孤立。いっそ清々しいほどのラリー依存体質であることが明らかになりました。リターン成功率はツアー下位レベルなのに、返球時ラリー勝率はナダルすら上回っています。ここまで極端だと、もう「サーブ返せよ」以外に言葉がないですね。

錦織がトップ10にいられる理由

以上の検証と前回の記事と合わせると、錦織のポイント獲得能力は以下のように評価できるでしょう。

- 1stサーブ
サーブの質が低く返されやすいが、ラリー込みならトップ10に食らいついていける。

- 2ndサーブ

サーブ単体の質はトップ10中位レベルだがラリーがいまいちのため、トータルではトップ10下位。

- 1stリターン

返球率はツアー中位でトップ10らしからぬ水準だが、返したあとのラリーだけならBIG4に近い支配力を誇る。

- 2ndリターン
返球率はツアー全体でも下位に位置するが、返球後のラリー力は世界最高峰のナダルと並ぶ。

これらを総合すれば、5~9位という今年のランキングは妥当な位置だと考えられます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?