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これからIT分野のデザイナーをめざす人が心がけるとよさそうなこと

はじめに

この投稿で言及する「デザイン」「デザイナー」は、UIデザイン,UXデザイン,サービスデザインあたりの分野を念頭においています。これらは他のデザイン分野と比べて比較的新しく、既存のデザイン分野とはやや異なった事情があります。また、用語の厳密な定義はせずふわっと書いてるため精密な定義を求めてお読みになると不満に思われるかもしれません。ご注意ください。投稿は所属組織の見解ではなく私個人の考えですのでくれぐれも誤解なきようにお願いします。

デザイナーになるには?

この記事を書いてからすでに2年半が経ちました。たくさんのひとに読んでいただきました。

時は流れて、専門的な教育を受けてデザイナーになる人、独学のひと、インターンなど現場で学ぶひとなど、(特にIT分野で)デザイナーになるルートの選択肢はこれを書いた当時よりも明らかに増えてきました。
いまはもうこの記事の時にタイトルで示唆したような「美大/美大以外」という分類にこだわることにはそれほど大きな意味はありません。そんな単純な二分法で進路を考えたり仕事を探す時代ではなくなっていますし、採用する側もそのような分類はあまり気にしなくなっています。美大以外からデザイナーをたくさん採用する会社もありますし、専門性も含めそのひと自身の意識や能力、モチベーション、適正、カルチャーフィットなどを多面的に見ているように思います。
そんな気配を感じて4月にtweetしたのが以下の2つです(ほとんどいいねされてませんけど 笑)。このへんを足掛かりにして書いたのが今回のこの投稿です。

デザイナーの仕事のしかたが変わってきた?

IT分野の企業は、デザイナー採用に関してたくさんの情報を発信しています。求人情報だけでなくデザイン案件の詳細や会社のカルチャーについて、サイトの記述やオウンドメディアの記事、所属するデザイナーのtweetなどを見ていると様々なことをうかがい知ることができます。それらを眺めていると、また、目の前の学生の就活の様子を見ていると、いままでとはいくぶん異なる素養や能力がデザイナーに求められるようになってきたように感じます。想像で書いてる部分もあるのでここに書くことが正しいとは限りませんが、気づいたことをいくつか書いてみることにします。(業界で働くデザイナーや採用担当の方にとっては、ひょっとしたら自明のことかもしれません。)

ひとつは、「チームでのデザイン」がかなり普及・一般化したことです。そして、ビジネスにおけるデザインの重要度が増して「デザイン」のステータスが上がってきたことで、同時にデザインの責任が重くなってくるのは予想できる流れです。社内では必然的に、デザイン部門以外の多くの部門/分野のひととのチームでデザインに取り組むことになり、そのチーム内でのコミュニケーションや議論が必要になります。チームメンバーはデザイナーだけではないので、たとえば、提案したデザインがなかなか理解されない時にそれを受け止めて前向きに建設的な議論(や時には交渉)ができるかどうか、が問われます。これまで組織の中で「良いデザインをしてもわかってもらえない」と諦めていた時代もあったのですが、それも変わりつつあります。
また、UXデザインやサービスデザインに関しては、デザインが適用される分野、必要とされる分野が一気に広がって来ました。いま社会で起きていること、経済、産業の動向に興味を持っていることが必要になります。特に、今までデザインがあまり求められてこなかった分野にデザイナーとして入っていくには、幅広い教養や新しい領域を学ぶことがどうしても必要になります。そして、ここでもその領域の専門分野のひとたちとデザインの話をすることになります。
もうひとつあげると、オンラインでの仕事がデフォルトになって仕事のスタイルが大きく変わったことがあります。物理的に同じ空間にいて対面で話ができる状況でなくとも、様々なオンライン・ツールを使って仕事上のコミュニケーションを取りながら仕事を進めることがふつうになりました。社内外の打ち合わせも、同僚やチームでのコミュニケーションも、デザインワークも、多様なツールを駆使しながら行われていきます。
そして、これは言わずもがなですが、この1年半でただでさえ不確実だった未来は、いっそう先の見えないものになってしまいました。

これからデザイナーになるひとにたぶん求められていること

そんな状況を仮の前提において、これからデザイナーをめざす時の心がけや態度、スキルのようなものをあげてみます。ぜんぶをクリアする必要はありませんし、それはちがうんじゃないか、と思うことがあって当然でしょう。ぜひ寛容な気持ちで読んでいただければと思います。

デザイン力や表現力

デザイナーは(いまのところ)専門職ですから、一定レベルのデザインができるのは当然必要なことです。観察力、豊かな感性、そしてツールなどを使うスキルや表現力が必要なのはいままでと変わらないと思います。使いやすさやわかりやすさへの関心、理解、知識など、専門性を高めることも変わらず重要です。ツールやデザインプロセスなどは他に様々な情報やリソースがありますので、ここでは取り上げず、それ以外のことを書いてみようと思います。

これまで大切だと言われてきたことも含まれていますが、デザインする力とそのほかに必要な能力やスキルとのバランスやウェイトが、最近少し変わってきているように思うのです。

先が見えなくても前に進める

自分の知らないことやわからないこと、初めてで対処方法を知らないことに出くわした時に、どうやって正しい情報を探し素早く学習して対応していくか?というのは、VUCAな時代に世の中に出て働くには大切な態度です。不確実性に対応できる能力と言ってもいいでしょう。前例が無いとか、何から始めるべきか誰もわかっていない時に、現実に向き合うための基礎体力、ほどほどのメンタルの強さもコミュニケーション能力も、そして前向きで明るい性格や高めのモチベーションも含まれます。

自分で学ぶチカラ

必要な情報は調べて積極的にアクセスする、ツールや手法などは臆せずに試してみてある程度は独学できること、少なくとも進んで習得しようと思えること。人に対するアクセスも同様です。SNSのおかげで情報だけでなく人へのアクセスもずいぶん敷居が低くなりました。もちろんマナーや礼儀正しさも含めた上で、いろいろな情報を手に入れて人の繋がりを作りつつ学んでいけるのは大切な能力です。

アジャイルな考え方への対応

早くつくる、すぐ壊して作り直すという、アジャイルな思考ができることが必要です。初めから完璧を目指す、ひとりで抱え込んで出来るまで誰にも見せない、延々と企画していてなかなか作り始めない、など、大学の課題制作ではありがちな取り組み方、制作態度はそれが効果や威力を発揮する分野がもちろんあります。ただし、IT分野の多様なメンバーが参画するチームでのデザインとはあまり相性がよくありません。プロトタイピングのほんとうの意味と価値、やり方を理解しておくとよさそうです。

シン・コミュニケーション力
いきなりネタのようなワードですが(笑)。以前はデザイナーのコミュニケーション能力と言えばプレゼンテーションが上手にできる、自分の意見が言えるというくらいのことを指していました。まずはデザイン部門でデザイナーの同僚や上司に話が伝われば良かったのです。これから、もしくはすでにいま必要になっているのは、単にプレゼンが上手い(伝え方がうまい)というようなことではなく、チームメンバーや組織内の様々な職種の人たちと意思疎通ができる双方向のコミュニケーション能力、レベルアップしたコミュニケーション能力です(シン・コミュニケーション力と勝手に名付けました)。言語化してデザインを説明できることを含めて、問題解決のための建設的な議論ができることが重要になっています。そして、社外のステークホルダーと話をして共創するためには(高度なファシリテーションスキルはすぐには身につかないとしても)、まず基本的なコミュニケーション力(前向きに人と話ができること)が必要です。

事業(ビジネス)に対する理解
デザインするに当たってユーザーを理解することは基本的なことですが、それに加えてビジネスの持続可能性を意識できること、ビジネス的な意思決定に必要な情報提供ができ貢献できることが会社ではすぐに求められるようになるでしょう。もちろんデザイナーの仕事としてです。採用前のインターンシップの課題からすでにそのような要求をする会社もいくつかあって、問題解決のためのアプリを考案してそのUI、UXをデザインするだけではなく、ビジネス視点での検討を(インターン生にも)求めるところは増えてきています。そして、UXデザイナーやサービスデザイナーを目指すなら、チームマネジメントの知識やスキル、ファシリテーションできる力などもすぐに必要になるでしょう。
さすがに、学生のうちにこれらをぜんぶ身に付けなくていいと思いますが(無理ですね)、スマホのUI画面だけを見ていてもビジネスのことはわかるようになりませんし、ファシリテーションもできるようにはなりません。どのように学んでいくか作戦が要ります。同様に、社会で起きていることや経済や産業に興味を持ってニュースを読んでおくことは当然必要です。

そして、デザインをどう学んでいくのか?

これまであげた状況の変化は、学生や初学者のデザインの学び方にも影響してくるはずです。大学や専門学校などの授業である程度カバーしているものもあるし、まったく手付かずのものもあります。学校ですべて教えるのか?いやそれは個人の努力のうちだろう?じゃあインターン行けば身につくの?とかいろいろ議論もあるでしょうね。

デザイン教育に長く携わってきた経験から言うと、これまでの「ひとつの制作物(デザイン)を、ひとりで黙々と、時間をかけてコツコツと磨き上げ、満足のいく完成度になってからひっそりお披露目する(そして多くを語らない)」というどちらかというとある種の職人タイプのスタイルだけでは、この変化にはなかなか対応しきれないだろうなとは思います。
(どちらが優れているという議論をするつもりはなく、IT分野でのデザインプロセスと仕事のスタイルの話に過ぎません。職人タイプの仕事のスタイルが価値を持ち威力を発揮するデザイン分野は依然として世の中には多くありますから否定するつもりもありません。職人タイプの仕事のしかたでコミュニケーションも得意なデザイナーもたくさんいますし。こっちが王道だと言ってマウントの取り合いをすることには意味がないのでやめましょう。)

最近、社会人向けの授業や講座を担当して実感したことがあります。それは、大学の勉強のスピードと社会(UIUXデザインの現場)での学びのスピードに大きな差ができているということです。学生と社会人とでは学ぶ目的もゴールも違うので、どちらが良いとか正しいとか言うつもりはありませんが、大学の外の学びのスピードが圧倒的に早いのは確かです。問題意識のはっきりしている社会人は熱心に学ぶということは昔からよく知られていますが、特に最近はその学びが高速化しているということを、学生のみなさんは知っておいた方がよいかもしれません。意識の高い社会人デザイナーはめちゃくちゃ高速で(もちろん熱心に)学びます。
インターンなどを通じて現場の仕事のスピード感を早めに知ると、大学で学ぶ意識や学びのスタイルが変わるのではないでしょうか。(ただ、そういう世の中の波に翻弄されることなく、伸び伸びとやりたいことをやるのが大学生の学びである、という正論もあり、それも否定しません。どう学ぶかは個人の価値観によります。)

おわりに

いろいろ書きましたが、こんなにたくさんのことをぜんぶ学生に求める会社は多くないと思いますので、自分の参考になりそうなところだけ拾って読んでください。これが正しいという保障もありませんからね。
プロのデザイナーがここであげたことすべてに対応できているわけでもないと思います。でも、いま某プロジェクトで一緒の30歳前後のデザイナーはみんなできてたりします(優秀すぎてびっくりしますけど、ほんとに)。そして、IT分野の仕事のスピードが早いのは知っていましたが、単に権限が移譲されて意思決定が早いだけではなくて、はじめにあげたような仕事のしかた(の変化)の相乗効果で高速で仕事がまわっているということがよくわかりました。(僕が知っているデザインの進め方とはちがう世界が見えました。)

「デザイナーになりたい」ひとが増えているのはよいことで、2019年の記事も応援のつもりで書きました。ただネットを眺めていると、アプリのUI画面(のグラフィック)を夢中で作って並べている学生/初学者が多いようにも見えたので、あえてそこだけじゃないよと、2年半経ってこんな記事を書いてみました。デザイナーを志す人のなにかの学びのヒントになってくれればと思います。
ちなみに、学び方はひとそれぞれで正解なんてものはありませんから、この通りにやればいいということではありません。その点も誤解なきように。

追記 (2021.12.29)

上に書いたことのほとんどはこの本に書いてありましたね(第2版, 2017年刊)。遅ればせながら最近読みました。Lean UXにおけるデザインの位置付けやデザイナーの役割、チームへの貢献のしかたが書いてあります。

追記(2022.8.19)

上記の第3版が出ます(2022.8.29予定)

参考リンク

随時、追加します(2021.8.7〜)

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