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うつ伏せの死体

もう15年くらい前の今頃

友人のかずあきが
福井県に旅行したとかで
わざわざ、俺の家にお土産を持って
旅の思い出話をしにきてくれた

そう、わざわざ
ただ、飲みたいだけなんだろ

かずあきは、市内中核病院の社会福祉士で
患者やその家族の相談係や
各セクションや病院外の
医療福祉サービスとの連携・調整をしていた

相談係、というくらいだから
温厚な性格はもちろんで
どんな仕事にも手が抜けないのが
かわいそうなところであり
信頼に値する人柄でもあった

週末の18時過ぎドアチャイムが鳴って
迎え入れるとかずあきは
ずいぶん血色が悪い顔して、立っていた

当時のうちの玄関は暗かったので
大して気にすることもなかったんだけど

リビングの明るいところに来たら
ちょっと太ってるのに
やけに顔がゲッソリしてるように見えて
職場がファンドに買われるとか言ってたから
仕事でストレス多いのかなって思った

酒飲みながら、どのくらい話をしただろうか
永平寺、平泉寺白山神社なんかの話をして
ずいぶん福井の旅が良かったように思えた

そして、東尋坊の遊覧船に乗ったあたりから

話をしているかずあきが
急に黒ずんだように思えて
座って話しているのに
上から圧をかけられているような

なんか、気味が悪い感じになってきたなと
引き気味に話を聞いていた

かずあきは、ブルーシートがなんちゃらかんちゃら
と話しているんだけど
まったく内容が頭に入ってこなくなって

かずあきのまわりだけ
空間がおかしくなってるようだ

だ、大丈夫?
そうとう疲れてるみたいだよ
ベッド使っていいから、寝なよ
か何か、俺がそんなことを言ったんだと思う

そうしたら

突然、バタンって
床にうつぶせのまま倒れちゃって

ぅわっ、こわ!
と思ったけれど、安否だけは確認したくて
かずあきの両足を
俺の両手がクロスになるように持って
持ち前のテクニックでクルッとすると
足に連動して身体が力なくブルンとめくれて
力ない左腕とともに
かずあきは天井に向かって仰向けになった

あ、ぐっすり寝てるのか
ゆすってもうんともすんとも言わない

息はしてるから、問題ないとは思ったんだけど
あまりにも急で、しかもすごく居心地が悪い

こ、これは一緒に旅行に行った
のんちゃんに電話しよ
なぜかそう思って助けを求めたのだった

そうしたら、のんちゃんがすぐ出て
東尋坊の遊覧船の話をしてくれた

船から断崖絶壁を眺めるツアーだったんだけど
その日、偶然、名物の死体が上がっちゃって
ブルーシートかけられた死体と
警官らしき人たちがいたのを
船からだけど、なかなかの近さで見ちゃったらしく
その時、のんちゃん自身もヤバイの見たなって
気にはなっていたらしい

で、かずあき、変なの?

お互いに、ひと通り話し終わった後
のんちゃんが心配そうだったから
まだ心当たりあり?ってたずねてみたら

帰りの飛行機で肩がこってこってひどい
疲れた疲れたって何度も言ってたと言うではないか
でも、かずあきは慢性的な肩こりで有名だったから
大して気にも留めなかったって

そして電話の途中、ふとかずあきの方を見ると
上半身から蒸気みたいのが
もわんもわんと浮き上がってきていて

へ?
へへへ?

俺、めちゃくちゃ怖くなって
のんちゃんにもう話はいいから
至急きてくれないかなってお願いしちゃった

のんちゃん家、徒歩圏内だったしね

わかった、すぐ行くとか言って
のんちゃんが電話切ったあと

ややしばらく、その微かな蒸気みたいなのと
かずあきを眺めていたんだけれど

残された俺は、この異様な空間を
黙って放置することが出来なくて
どうしていいのか分からないけれど

とりあえず窓を少し開けてみた

蒸気というか、湯気みたいだったから
風が通ったら一緒にサヨナラできる?みたいな

こういう時は、寒い風の方がいいような気がする
うんまだ寒いから大丈夫
みたいに自分に言い聞かせながら

カラカラカラ、、、
レースがフワッと風をふくんで
なんとなく空気が動いた気がするんだけれど
かずあきからは、蒸気みたいのはすでに見えないし
何かが変わった気もしなくて

でもその時

どうしてなのか分からないんだけれど
頭の中で、裏っ側だ!って閃いて
再びかずあきを
お得意の技でひっくり返すことにした

どうしよっかな
と、ここでもややしばらく立ち呆け

意を決して

かずあきの左手がもとの方向に
力なくダるんと戻って
右肩が変な位置のまま
不十分なうつ伏せになっちゃったなと思った

背中の上の方から
ドバぁぁぁぁぁぁぁって
蒸気どころの騒ぎじゃなく
煙があふれ出しちゃって

わわわわわって
俺後ろにひっくり返っちゃって
背中から飛び出したその煙が
窓の隙間へ弧を描くように吸い込まれていった

3秒なのか、5分なのか
まったく時間の感覚がつかめなかったけれど
目が点で呆けていたら、ピンポーンて
のんちゃんの来訪で我に返ったのだった

のんちゃんは相変わらずのボブカットで
やせっぽちで、ムーミンのミーみたいだった

そして、こんな時でも大量のビールを忘れていない
非常事態でもさすがのんちゃんだ

部屋に来るなり
わ、死体みたい
怪訝な表情でかずあきに言ってた

ほどなくして

うつ伏せの死体を眺められる位置で
ふたりは互いの缶ビールを小突いて飲みながら
煙があふれ出して窓に吸い込まれていった
みたいなことを話してみた

あ!

のんちゃんが何か思い当たる
みたいな顔して言った

道路向かい、葬式やってるよね

のんちゃんはすっくと立ち上がり
かずあきの死体をぴょんと飛び越えて
窓のカーテンをシャーっと全開にあけた

当時の俺の住まいは通りに面していて
メインの窓が、すべて東向きの間取りだった

その通り向かいが大手の葬儀場で
相当な頻度で
葬儀が行われていたのは知っていた

大きな駐車場から参列者の車が
通りに流れ込むので、ちょっとした渋滞になり
一時的に騒がしくなるのだ

ほら

のんちゃんは続けた

きっと、念仏に誘われて

あっちにいったんだよ

のんちゃんは
つながった!みたいな顔をして
葬儀場を指さして言う

そ、そうなの?

と、そりゃ偶然だろと不安げな俺ではあったが
人間というのはこういう非常事態の時
いい方にいい方に考えてしまうもので

何だか、のんちゃんのおかげで
フッと俺も気持ちが楽になったのを覚えている

そのあと、のんちゃんと俺は
窓とかずあきの死体から
一番遠い部屋の隅で
2人体育座りで膝をそろえて
ビールを飲み明かしたのだった

変な事があるもんだね
のんちゃんがそう言った

ただ疲れてただけかもしんないしね
俺はそう言った

まだ夜明けにほど遠い薄明りの頃
かずあきはむくっと起きて
右肩の違和感を動かして治している

トイレから戻って元の位置に座ると
何食わぬ顔で
髪の毛をボリボリかいて

あれ、のんちゃんどうして
なんて呑気なことを言ってきた

その時のかずあきの顔を見て

あ、血色よくなってる

あえて口には出さなかったが
俺の直感が、もう大丈夫だと言ったのが分かった

俺たちの目もしょぼしょぼしてきたし
詳しい話は、明日にして

フランフランで一目ぼれして買った
クィーンサイズのベッドに
3人スエットに着替えて
川の字になって
昼過ぎまで眠ったのでした

翌日、かずあきの話の続きを聞いたところ
東尋坊でブルーシートを見た時
まったくの前触れもなく

死にたくなんかなかったんだよ!

と、頭の中で叫ばれて驚いたんだ
という彼なりの不思議体験を
俺に話したかったんだそうで

きっと、その死体
うつ伏せだったんだろうね

俺がそう言うと、のんちゃんが

だろうねと言った

あーあ

だからって
連れてくんなよ(苦笑)

俺は、どこまでもお人好しなかずあきに
いつもよりしょっぱい梅おにぎりを
食べさせたのでした

そう、これももちろん
フィックション!

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