ワンルームからこんにちは1
【ワンルームからこんにちは】
カタカタとキーボードを叩く音、それからマウスをクリック。
スナック菓子をサクサクとかじる音とちびちび何かを飲むような気配。小さく響く空調。
薄暗いワンルームの唯一の光源のモニターは広々とした世界でそこを武器を抱えた主人公が所狭しと駆けずり回っている。
大きなヘッドフォンからは絶え間なく話し声が聞こえてきて、モニターの中の彼もちょくちょく話しかけられるが、そのたびにキーボードの音がしてちょっと残念そうな香りをして去っていく。
「……僕は誰かと話したいわけじゃないんだよなぁ。」
ぼそりと呟いてゲームからログアウトをしてヘッドフォンを外したのは、長い前髪と野暮ったいメガネをした若い男で、猫背で凝り固まった背中を伸ばしてため息をつく。
「んー、もうここ人が多くてやだなぁ。河岸を変えるかなぁ。」
一人で黙々とゲームをする事が好きで、無言配信と銘打って生配信をして『話せばいいのに』なんてコンセプト無視のコメントをもらいながら続けてきた。
物好きも多少いるらしく登録者が少し増え閲覧数も増えてきた。
元々不労収入が多少あるし、それを管理してくれる税理士さんもいる。派手な暮らしをしなければそこそこ生きていけるし貯蓄も出来るのだから好きな事だけして生きていきたいのが人の性だと思う。
だがずっとそんな事をしてきたせいか、自分の事を知っている人間が増えてしまったのも最近の悩みになっている。
一緒にゲームしよう、通話しましょう。断っても断っても現れる。
ゲームの楽しみ方なんて人それぞれなんだからほっといて欲しい。
そう思いながらシャワーを浴びて布団に潜る。ああ、あのゲーム結構好きだったんだけどなぁ、なんで夢うつつで考えながら眠りに落ちた。
夢の中で偉そうなおじさんに何やら説教をされた気がするけれど、鬱陶しかったから無視をしていたらしょんぼりした顔をして去っていった。
気がする。夢だから確かじゃないけれど。
目が覚めていつものようにPCを起動してトイレに行き朝飯を食べて机に戻るとPC にメールが数通来ていて整理がてら開くとメルマガ広告に混じって一通謎のメールがあった。
開くと新しいゲームの招待らしくアーリーエントリーから参加しないか?的な内容だった。
今やっているものがやめ時と思っていたからちょうどいいとそのメールからサイトを開き確認してダウンロードをする。
比較的軽いデータだったからサクサクと進みあっという間にが画面が開きオープニングが流れる。
軽快な曲と綺麗なグラフィック、それから滑らかに動くキャラクター達。
「ふぅん、ちょっと期待できるかも……」
ニューゲームを選びキャラメイクを始める細かな設定でなかなか好みの容姿に仕上がったなぁと自画自賛しながらゲームを始める。
スタートが街の入り口らしい。遠くから喧騒が聞こえた。町から外れた小さな森の方だった。
安牌は街中を探索してからだろうけれど、気になってしまったので森に向かうと少し進んだ場所に小さな商店があり、そこのドアが開け放たれ店の中が見えた。
「こんにちはー、どなたかいらっしゃいますかぁ?」
恐る恐る覗き込むと店主と思われる初老の男性が倒れており、慌てて駆け寄ると小さくウインドウが開いた。
『店主は死んでしまった。今日から君がこの店を守るのだ。』
「は?」
ゲームの進行としては有り得ない展開に開いた口が開かなくなる。普通は勇者とか錬金術師、魔術師なんかからスタートじゃないのかと。
「え?糞ゲー……」
その瞬間鼓膜を震わせる大声で「糞ゲーちゃうわ!」と叫ぶ声と、画面から溢れる光に包まれてあわてて顔面を覆った。
「うわっ!」
光と何故か風と草と土の香り、それから。
「糞ゲーとかすぐいうの良くないと思うんだよね、おじさんは!」
見知らぬ男性の声。
「は?え?」
目の前の少し頭髪の寂しいスーツのおじ……男性はメモを片手に色々と呟いていた。
『あのー……」
「ああ、君商店の店主ってシステム上ありえない職業になっちゃったのね?だからぁぁ、特別に振り分けポイント余分にあげるね?いわゆる詫び石的なやつ。それからね……」
「いや!そうじゃなくて!」
『なに?」
ベラベラと話すお……男性を制して聞き出した事はいくつかある。
ランダムにゲームの招待メールを送ったこと。
コレは自分の世界とは違う異世界で作られたゲームであること。
それから
「はあ?システムのバグでモブ町人になっただと?」
選ばれるはずのない職業にぼくがついてしまったこと。
呆然としながら異世界に飛ばされた話を思い出していた。夢も希望もないスタートに唖然とする。
異世界に飛ばされたのに、波乱万丈な予感が全くしないのなんでかなぁ?
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