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界のカケラ 〜111〜

「お義母さん……
 私も知りたいので全てお話ししていただけませんか?」

「わかりました。そこまでおっしゃるなら。
 ただ私にもよく分からないことだらけで、もしこの話をして頭のおかしな人だとは思わないと約束していただけますか」

「はい。約束します。
 楓さんもそうですよね?」

「はい。約束します。
 お義母さん、全てを話してもらえないでしょうか」

「わかりました。では包み隠さず全てお話しします」

 思ったよりもすんなりと全てを話してくれる展開になった。少し拍子抜けてした感は否めないが、ようやく真相にたどり着くことが嬉しかった。

「あの日の朝方、五時過ぎくらいでしょうか。寝ているときにリビングの方で何か大きなものが落ちるような音を聞きました。最初は何か落ちたのかと思い、リビングへ向かいました。でも不思議なことにいつもと変わらない光景でした。なので、隣か上の階の人で起きたことと思い、寝室へ戻って寝直しました。

 まだ眠かったので布団に入ったらすぐに寝てしまいました。でもしばらくすると、今度は廊下をタッタッタッと走る音が聞こえたんです。頭の上で走り回っているのに近い音で、とにかく走り回る音が続いて起きて、部屋の前の廊下やリビングに行きましたが、誰もいませんでした」

「それはその日だけでしたか? 今も続いていることですか?」

「あの日だけです。でもその音も隣か上の人の音だと思ったのです。七時過ぎだったので、いつも聞こえている音に違いないと。でもその後起きたことで、何か嫌な気持ちになったんです。今となっては虫の知らせでした」

「それは何だったのですか?」

「家の仏壇に飾ってある息子と孫の写真がそれぞれ同時にカタンっと倒れたんです……」

「同時にですか?」

「はい。倒れるようなものもないし、風もありません。
 誰も触っていないのに急に倒れたんです。何か変だなと思いつつも元に戻しましたが、数分後にまた倒れていることに気がつきました」

「それはだいたい何時くらいかわかりますか?」

「そうですね…… 九時を回ったくらいでしょうか」

「え? 九時?」

 静かに聞いていた楓さんが急に声を発した。

「九時に何かあったんですか?」

「いえ…… 別に……」

 言葉と矛盾して、何か言いかけそうだった。

「お義母さん、続けてください」

「はい。

 写真立てが壊れていないのに、戻しても戻してもすぐに前に倒れてしまうんです。それでようやく何か起きているのではないかと思い、楓さんに電話しましたが、全然出なかったので嫌な予感がして、すぐに出かける準備をして家に行きました」

「それが何時くらいだったか覚えていますか?」

「すぐに支度したので九時十分から十五分くらいだったと思います」

「そこから一時間半かかるとすると十時四十分前後ですか」

「ええ、たぶんそのくらいです。
 家に着いて呼び鈴を押しましたが返事がなく静かなままでした。でも家のこともありましたし、変に静か過ぎたのでドアノブに手をかけて開けようとしました。鍵がかかっているだろうと思いましたが、鍵が空いていました」

「え? なんで…….」

「何で楓さんが驚いているんですか?」

「いえ……
 だって私、確かに鍵を閉めてチェーンもつけたんですよ。だから空いているはずがないんです!」

「確認したのですか?」

「はい。確かに。三回確認しました」

「おかしな話ですね。本当にそうだったのか疑いたくなります」

「四条先生もそう思いますよね。でも確かに鍵が開いていて、チェーンを掛かってませんでした。
 ドアを開けたら何か変な空気がして奥に進んだら血だらけになって台所で座っている楓さんを見つけました。血だらけでしたが、まだ顔に生気はあったので、急いでハンカチと周りにあったもので首を抑えながら、救急車を呼びました。そのあとのことは先生がご存知のことです」

「不思議な話ですね。まるで楓さんが発見されるのを早く見つけてほしいようにさえ感じました。それはお義母さんが話さないはずです。こんな信じられないような話は楓さんに話しても信じてもらえませんしね」

「そうですよね。だから今まで楓さんに話せませんでした……」

「でもこれで楓さんの状態が説明できますから、私は信じます」

「私はそうやって見つけられて、病院へ運ばれたんですね……」

「楓さん、楓さんの悲しい気持ちはよく分かる。よく分かるからこそ、私たちにもっと頼ったり、一緒に悲しんだりしても良かったんですよ。むしろそうしたかった。悲しいことや辛いことは一人で抱え込むと自分でも気づかないうちに大きくなってしまうんですよ。
 今までの人生はそうやって生きていくしかなかったと思うけれど、息子と結婚して、孫も産んでくれて、あなたは私たちの家族なんですよ。今は二人がいなくなってしまったけれど、それでも私たちは家族なんです。だからもっと私たちを信じて、甘えて、楓さんが抱えているものを私たちにも抱えさせてください。
 あなたが悲しい気持ちだと、亡くなった息子や孫も悲しんでしまうと思いますよ。これからは一緒に生きていきましょう」

「は…… い…… 」

 そう彼女が返事すると、お義母さんが楓さんの頭を優しく撫で始めた。その光景は本当の親子、血は繋がっていないけれど親子のようなお互いの心と心が繋がったのが見えた。

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