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感想教育/短編

典子は感想部屋に入れられ、原稿用紙を前に泣いていた。余りにもミスが多いため「感想教育」なる懲罰を受けているのである。なぜミスを犯したのか、その原因と対処法と反省を原稿用紙5枚に記すのだ。執筆は手書きオンリーというのが嫌らしい。漢字の間違いがあると1字につき原稿用紙1枚分の漢字の書き取りをせねばならない。

「まだ終わらねえのか」ドアを乱暴に開けSVの竹田が入ってきた。「すみません、あと2枚なんですが、どうしても続きが浮かばず…もう少しお時間いただけますか…」「何してんだもう3時間経つじゃねえか5枚くらいサッサと書けねえかクソが」

竹田が典子の横に積まれた原稿用紙の山を蹴っ飛ばした。散らばった用紙を泣きながら集める。「俺の満足できるものが書けねえと今夜は帰れないと思え」それから厭らしい目つきで典子を見下ろした。「今までにお前がこさえてくれた損失を、その身で返して貰おうとするかあ…ひひひ」言い捨て、派手に音を立て出ていった。

典子がこの派遣会社に入り1年が経つ。パソコンを触ったこともなかったが「初心者歓迎」「懇切丁寧に指導」「アットホームな職場です」とのキャッチ、それに何より他社に比べ余りにも時給が良いので決めたのだった。両親のいない典子が弟の学費を稼がねばならない。ネットショッピングのカタログをパワーポイントというパソコンのソフトで作るのが仕事。パワーポイントどころかパソコン自体触ったことのない典子にとって研修の1カ月は地獄そのものであった。いや、それを過ぎても。

「こんなことも知らねえのかクソアマ」
「使えねえ奴」

指導係は鬼のような人間ばかり。その頂点に立つ竹田が最も残忍な男である。辞める者多数のため時給が高く設定されているのだ。典子がLD達に叱られ泣いていてもみな見て見ぬふり、誰も助けてくれない。だが弟のため、典子は辞めるわけにはいかないのだった。

「スティックサーモン550円の税込み金額を、誤って610円で作成してしまいました。その結果、クライアント様に多大な迷惑をかけてしまいました。今月はこれで12回目です。あまりミスが多いと委託金額を減らされてしまいます。私のせいで皆様に迷惑がかかってしまいます…うっうっ…」

典子は極度のストレスのため、550円の税込み金額を暗算できなくなってしまった。パソコンの電卓が使いづらいので市販の電卓を使っていたところ、電子機器の持ち込み禁止と教えただろうがあと平手打ちを食らった。その電卓でさえ極度の緊張で手が震えて打てないのである。もう最近では大人しい典子は竹田たちのストレスの捌け口になっているとしか思えない。

「また間違えて叱られたらどうしようと思うと怖くて、指が固まってしまい、キーが打てません。そうすると、またミスをしてしまいます」

いけない、正直に書いては。竹田に読まれたらまた殴る蹴るの暴行に遭う。典子が泣きぬれていると、くるっくー、くるっくー、と声が聴こえた。窓に土鳩がいて、こちらを見ている。「鳩さん、お前はいいわね。自由に空を飛べて…私は一生囚われの身…」

鳩の円らな瞳を見詰める。ああ、私もお前であればどんなによかったか。もう人間は嫌だ。そのとき鳩が意味ありげに首を傾げた。典子と自分の脚を交互にみやる。「そうだわ」

労働基準監督署へ鳩が届けた典子の原稿により、社に監査が入った。
「やいやいやいやいおめえら、神妙にしろいっ!」
竹田は市中引き回しの上、打首獄門。LDは全員伊豆七島へ遠島とあいなった。



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