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  2-❷ 英雄達

 競馬場から歓声が失われた、そんな暗闇を照らす如く現れた、2頭の無敗の3冠馬。

 史上初の無敗での牝馬3冠を成し遂げた彼女も、優駿牝馬では絶体絶命のピンチに襲われた。
 直線で抜け出しを図るも、数度進路を塞がれ、ようやく馬群から抜け出した時には残り200メートル、万事休す。
 絶望的な位置からゴール前で差し切ったその剛脚に、三冠間違いなし!と誰もが思った程の、次元を超えた出色の脚であった。

 大空に航跡を残す飛行機雲。
日本競馬史に燦々と輝く、父仔無敗の3冠制覇。
 彼の最大のピンチは菊花賞であった。

 距離不安も囁かれ、各馬が荒れた内側を避けた事で馬群がバラけてしまい、前に壁を作る事ができず、彼は終始いきたがってしまう。ジリジリとスタミナが削られてゆく。

 迎えた最後の直線・・・遂に哲学者の名を持つその馬に並びかけられてしまった。

 突き放す余力はもう無い。
しかし、絶対前には出させない。精神力が肉体を超越し、首差で無敗三冠を成し遂げた。

 入場人員制限で開催された、コロナ渦に登場した2頭の3冠馬は、多くの人々に夢と希望と感動を与えてくれた。

 そして・・・ジャパンカップで実現した、日本競馬史上初の夢の対決。
 無敗の牡馬牝馬3冠馬vs芝G1最多8勝の最強3冠馬。
 アーモンド形の澄んだ瞳をした鹿毛馬は、前走天皇賞秋で芝G1最多勝利記録を更新する8勝目を挙げ、このジャパンカップが引退レースとなる。

 レースは、最後の直線残り150メートル・・・まるで、どこからでもかかってこい!と言ったかのように、彼女は、白いシャドーロールを揺らし威風堂々と先頭に立った。
 後輩の3冠馬2頭にその強さを誇示するかのように、影をも踏ませぬ強さでゴールを駆け抜けた。

 美しい輝きを失う事なく、希代の女王劇は閉幕を迎えた。
 果たして、彼女はどのような子供を私達の前に送り出してくれるのだろう?
 まだ彼女の物語は終わってはいない。これから、始まるのだ。

 そして、2021年は日本競馬が真に世界に羽ばたいた年であった。

 牡馬牝馬クラシックは、すべての勝ち馬が異なると言う群雄割拠ぶりであった。
 その中でも一際輝きを放つのは、白毛馬として初のクラシック戴冠を果たした桜花賞馬であろう。サンスクリット語で
《純粋、輝き、純白》と称されたその馬は、前年の阪神ジュベナイルフィリーズに続くG1レース2勝目を挙げた。
 その強さと美しさから、ぬいぐるみは即完売、写真集まで発売されたアイドルホースの誕生は、競馬に興味がなかった層をも巻き込んで、コロナ渦においての一筋の光となった。

 前年の両グランプリレースを制覇した芦毛の彼女は、グランプリ3連覇のかかった宝塚記念でも、その力を見せつけ圧勝、秋のフランス遠征に向けて備える事になった。

 秋の天皇賞。
圧勝した皐月賞、鼻差で涙に暮れたダービー・・・。悔しさを晴らすため、ギリシア語で《強い幸福感》と命名されたその馬は、スペイン語で《大歓声》と称された現役最強マイラー、前年の無敗の3冠牡馬の挑戦を退け、見事に悪夢を振り払った。

 そして・・・遂にその偉業は達成された。
日本調教馬史上初のBCフィリー&メアターフ勝利、そしてBCディスタフ勝利である。

 《あなただけを愛している》と命名されたその馬は、米芝女王を決める一戦で見事にBCの歴史に名を刻み、ラストランの香港カップをも勝利し、日米香港でG1レース4勝目を挙げた。

 グランプリ3連覇を果たした彼女でさえも届かなかった凱旋門賞。
 凱旋門賞制覇が日本競馬サークルの悲願であるなら、BCのダート部門の勝利は夢を見ることも難しい、正に夢のまた夢であった。

 日本のダート馬が本場アメリカのダートG1に挑戦すること自体が無謀だとも言われた。その証拠が、圧倒的に低かったレースレイティングである。

 しかし・・・彼女は勝った。
名だたる海外の実績馬を相手に、3コーナーから一気に仕掛け、最終コーナーを回り先頭に立ち、父オルフェーブル譲りの闘志で全馬を呑み込んで見せた。
 牝馬ダート路線の最高峰のこのレースの勝ち馬に、北米以外を拠点とする馬の名が刻まれたのは、38年の歴史で初めてであった。

 引退戦となったマイルチャンピオンシップ。 
 デビューした2歳から5歳まで、約3年5ヶ月の間、常に全力で走り続けた彼女は、圧倒的な強さでG1レース6勝目を挙げ、ラストランを笑顔で飾った。
 ファンの心の込もった温かい拍手が鳴り止まない。

 まるで、彼女の呼び名のような、
《大歓声》に包まれているかのように。

 ジャパンカップ・・・再び飛行機雲が羽ばたいた。
 無敗3冠達成後は、体調面、馬場状態、ゲート内での駐立に問題が残るなどの不安要素が重なり3連敗。ラストランのこのレースに捲土重来を期していた。
 陣営は人馬を信じ、彼らを送り出した。

 そして・・・見事に。涙の勝利であった。
澄み切った空のように晴れ晴れとした大団円・・・。
 キラキラとした輝きを再び取り戻し、世界の競馬の歴史に必要不可欠な大きな使命を果たすために、新たな生活へと旅立った。  
 無敗の3冠馬から生まれた無敗の3冠馬。夢が、希望が大空を駆けて行く。
大きな航跡を描いて・・・。

 年末のグランプリ・・・多士済々の実力馬が集結した。
 前馬未踏のグランプリ4連覇の懸かる名牝、春二冠の父が果たせなかった夢を叶えた《タイトル保持者》の名を持つ菊花賞馬、日仏重賞勝ちの長距離砲、無敗三冠馬を最後まで苦しめた《哲学者》、三冠全てで掲示板を確保したイタリア語で《速き星》の名を持つ馬、前述の菊花賞馬の全姉であり、JRA最小馬体重記録を持つ小柄なヒロイン、そして、皐月賞と天皇賞を制したファン投票1位のその馬。

 それぞれの競走馬を管理する調教師、関係者は、人馬を信じてその結末を見守っていた。

 新たなるヒーローの誕生であった。
完勝であった。この馬は将来どんな夢を見せてくれるのであろうか。

 この年、2019年の3歳牝馬三冠を分け合った3頭を含め、数多くの名馬がターフに別れを告げた。
 人々の夢に応える為に。サラブレッドの血の歴史を積み重ねる為に。

 翔馬も競馬サークルの一員として、北へ旅立つ彼ら、彼女らを見送った。

 新なる旅立ちに栄光あれ・・・と。

北へ・・・

PS・・・次回配信は、7月12日水曜日午前8時です。翔馬に恋人発覚⁉︎🤭確か、馬が恋人って言ってたような・・・🤭

          AKIRARIKA

 この作品を通して、養老牧場への牧草寄付等の引退馬支援を行います。その為のサポートをしていただければ幸いです。この世界に生まれたる、すべてのサラブレッドの命を愛する皆様のサポートをお待ちしております🥹🙇