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  4-⑪ 巡礼の旅

 八十八番札所を出立してから2週間•••
彼は暑さと疲労で限界に近い体に懸命にムチを入れながら、四国霊峰石鎚山の中腹、標高750メートルにある難所、六十番札所横峰寺を目指していた。

 倒木や岩が風化し、朽ちて土で埋もれた古道の路傍には、巡礼者が建てたのであろうか、古い墓石や丁石があちこちに散見された。
 彼らがこの場所で眠っているのであろうか•••まるで先人達が語りかけるかのような、自身を見つめているかのような錯覚を感じた。
 数人の巡礼者が彼を追い越すように、先へ先へと歩を進めてゆく。

 彼は瞑目し、打ち捨てられたかのように寂しく佇む墓碑の前で読経を唱えた。
 不如帰がこの古道の、まるで守り神であるかのように、時折鋭い鳴き声を発していた。

 やがて、彼は霊峰石鎚山を見上げ、既に体の一部となった金剛杖を手に歩みを進め始めた。

 数日、瀬戸内海を右手に巡礼を続けた彼は、五十一番札所石手寺を打った後、これまでの疲れを癒す為に、道後温泉へと足を延ばした。あの聖徳太子も来浴し、夏目漱石の〝坊ちゃん〟の主人公が泳ぎ、
〝坊ちゃん泳ぐべからず〟の張り紙をされた、神の湯で体を休めた。
 近くの民宿に宿を取り、松山市内を走る坊ちゃん列車を眺めながら、その発走時刻を待った。

 やがて、大一番、天皇賞春の発走を知らせるファンファーレが鳴り響いた。
 彼の視線はただ1頭•••ストロングクーガーだけに注がれていた。

 数分後•••彼は満足そうな笑みを浮かべた。


 彼は巡礼の旅を続けていた。
汗を滴らせ、身体を震わせ、炎天の中を
、降りしきる雨の中を、時に道に迷い、腹を空かせ、身体にダメージを負いながらも。

 風の匂い、微かに聴こえる波の音、車やバイクの音•••視覚、聴覚、嗅覚•••自身の五感を研ぎ澄まし、目的地へと導く道標を頼りに歩き続けた。

 彼は1人ではなかった。
宿坊、通夜堂(遍路の宿泊場所として提供された、寺院内に設けられた無料の施設)、遍路宿、善根宿(無償で滞在させてくれる禅寺)、民宿、ゲストハウス、ビジネスホテル、そして•••宿がない彼に
「泊まっていきなさい」と声を掛けてくれた人達。

 おにぎり、唐揚げ、卵焼き、漬物、コロッケ、作りたてのおはぎ、甘酒、コーヒー•••出立する直前に頂いたお弁当には
、たくさんの人々の思いが込められていた。
 時には公園のベンチ、峠の四阿(あずまや)、寺の境内、コンビニのイートインコーナーで、明日の為の糧を頂いた事も多々あった。

 地元の人々からの数え切れぬ程の〝お接待〟と呼ばれる施しを受けながら、彼は巡礼を続けた。

 風景を愛でながら、大地と風と太陽を感じながら、やがて彼の視界が捉えた広大な海•••宝石のように輝く土佐湾であった。

 空が金色に染まり、海と溶け合っていた。
 目指す目的地、足摺岬まであと15キロ
。彼は歩いてきた道を外れ、草むらを掻き分け、暫しの間その場に腰を下ろした

 遮るものは何も存在しなかった。
沈みゆく太陽、それを飲み込まんとする海と、その大いなる生命の鼓動だけがあった。

 その美しい光景を目に焼き付けた。
ゆっくりと太陽が飲み込まれてゆく。

 太陽が完全に水平線下に沈んだのを見届け、彼は立ち上がった。

 その足取りは、疲れを微塵も感じさせない力強いものであった。


 午前9時、雲一つない晴天下、彼は住職に一夜滞在の感謝の礼を述べ、海に程近いその寺院を辞去し、29キロ先にある
、三十九番延光寺へと向かった。手には
善根で頂いた風呂敷包みを下げていた。

 住職は瞑目し、合掌した。
〝彼に仏の加護がありますように•••〟

 離れゆくその背を、温かな眼差しで見つめていた。

 やがて逆打ちであろう、壮健なる1人の男性がこちらへと近づいて来るのを確認した住職は、気持ちを切り替え山門を引き返した。

太陽が海に飲みこまれてゆく。

 PS•••いつもお目に留めて頂き、心より感謝申し上げます🥹🙏次回配信は、1月24日水曜日午前8時です。サラブレッドの挑戦、そしてまた、人も覚悟を持って新たな道への挑戦を始める。心に想う大切な人を思いながら!
 それではまたお会いしましょう🥺🙇‍♀️

          AKIRARIKA


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