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同じ海のうえで_「鈍色幻視行」を読んで

恩田陸さんが好きです。
新刊がでるぞとなれば、うきうきしながら発売を待ちます。
そのくせなかなか読まなかったりします笑
だけど今回の本は、
私のとても好きな趣向のある本だったので、
そしてとっても重たい本だったので、
手に持った瞬間感電したみたいにそのまま読み始めてしまいました。
分厚い本は正義です。

これは、
ある一冊の“呪われた”小説を囲む人たちのお話です。

飯合梓という謎多き作家が残した、
たった一冊の小説『夜果つるところ』という小説は、
二度の映画化が進められたが、
その二度ともを事故や事件での人死にが出たためお蔵入りとなっており、
そうした事実の上で、
本好きの間では“呪われた本”として知られていた。

主人公の梢は、作家です。
どこか恩田さんのことを思い浮かべてしまうような、作家さん。
彼女は夫である雅春から『夜果つるところ』の関係者を集めての船旅が計画されます。
その話に乗るかたちとなった梢は、
神戸港から豪華客船に乗り込む。

三人の母を持つ主人公は、
娼館で三人の母と生活を共にし、
その三人それぞれから十分な愛情を受け取れないまま、
心の飢えを宥めている。
そんな折であった客の男たちによって、
主人公は自身の大きな事実を知ることになり___
という感じのお話である『夜果つるところ』。

この本のコレクターである、
雅春の血のつながりはないが、親戚関係になる漫画家の姉妹。
_二歳差で、似ていない姉妹。

二度目の映画化のおりに監督をしていた角替正と、
その妻で女優の清水桂子。
角替監督は、一度目の映画化の時も助監督として参加していて、
その際は脚本づくりにも関わっていた。
そして一度めの映画化のとき、
1人目の妻を映画撮影途中の事故で亡くしている。

島崎四郎は、『夜果つるところ』の文庫化の時の担当編集。
そして作者の飯合梓に会ったことのある数少ない人物。
その妻の和歌子も女性誌の編集をしている。

二度目の映画化のプロデューサーをしていた進藤洋介。
彼も妻と共にこの船に乗っている。

そして映画評論家の武井京太郎と、
彼の恋人の九重光治郎こと、Qちゃん。
武井京太郎もまた飯合梓に会ったことのある人物だった。

彼らはそれぞれに『夜果つるところ』のファンで、
それぞれに秘めた出来事や、
推論があり、
そしてそっと差し向けている推理があった。

船の上の、大きな密室の中で
(時折上陸して観光をしつつ)
彼らは映画化で起きた事故が殺人の疑いがあったこと、
そこに生まれていた密室のこと、
動機や、
そこにいたるまでの心境を話し合う。
または作者である飯合梓の死について。
彼女は本当に死んでいるのか?
それはどっちの日付?
『夜果つるところ』とはいったいどんな話なのか_

そして梢の夫であり、
もう一人の語り部である雅春の抱える秘密。
彼の前妻は、
この『夜果つるところ』の脚本の第一稿をあげたあと、
自殺をしている。
そしてその事実を梢に伝えられないまま、
また、自身のなかでその死と向き合えないままだった。
けれど、この旅のうえで、それを終わらせようと内心考えている。

果たして、彼らは何を話し合い、
そして何を感じ取るのか・・・

という感じのお話です。


最初、「お、密室劇で、会話劇のミステリかな!」と読み始めたのですが、
半分くらい読んだところで、
「あ、これはちょっと違う感じだ」と気づきました。
謎を解いてすっきり、というお話ではないやつだ、と気づき、
そっと乗り方を変更しました。

恩田さんの小説は、
爽やかすっきりの物語と、
大きくて魅力的な謎の散りばめられたスカーフを翻して、そっと闇に消えるお話があると思っているのだけど、
今回は後者のようでした。

恩田さんの小説は、すっきり終わるミステリが少ないように思いますが、
それを不満に思ったことは私にはあまりありません。
今回の小説も、
ガチガチのミステリだと思って読んでいたら「???」となったと思うのですが、、、

それぞれの中のトラウマというのか、
心のしこりが、
『夜果つるところ』という作品や、作者の思考に寄り添うことで押し流されていく、そんなお話だったように思います。

長く、ぼんやりとした海の色を見ていたような作中。
それがゆっくりと晴れ渡っていく様子、
変化していく海の光の照り返しを、
眩しくみているような気持になるラストでした。

そんな今回の本には、
いくつもの作品が織り交ぜられて語られています。

お話の最初に梢が思い浮かべる「青ひげ」。

真ん中くらいで漫画家の姉妹のひとりの表情から連想する、
クリスティーの短編の「鏡は横に罅割れて」。

そのすぐあとに周りが海にまつわる映画を言いあうなか、
雅春が思い浮かべる「沖に棲む少女」。
(でも、これって「海に住む少女」なんじゃないかな、、、と思ったり。
それとも彼らが読んだころはそう訳されていたのか。
そもそも、本当にあるものを文字って作ったタイトルなのか)

個別で清水桂子にインタビューをしているとき、
繰り返し出てくる「レベッカ」の中の「ゆうべ、またマンダレーに行った夢をみた」の一文。

同じく個別のインタビューの時の詩織(漫画家の姉妹のひとり)が語る、
ミラン・クンデラの小説の、手を振る女の場面。

“事件解決”のパーティーを前に、
雅春が言う「名探偵、皆を集めて『さて』といい」の川柳。

これは本当にあるのか知らないのだけど、
個別インタビューの最後の一人を迎える前、
船の中の図書室で梢が読み耽るアメリカのハラハラドキドキのエンタメ小説。


恩田さんの勧める作品って、読みたくなってしまう。
面白い小説を読みながら、面白いちょっとした書評も読めたような、
お得な一冊でした。

そしてこの本の根幹を支える作品である『夜果つるところ』を、
恩田さん自身が書いて、それがもうすぐ発売になるのです!
もう、とっても楽しみで、この一冊に渡るまでの読書は、買ってすぐ読めるように短いものを読んで環境を整えています笑


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