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「海の絵、レンズの瞬き」(小さなお話)

彼の描く絵に、価値を付ける誰かがいてほしい。
彼、と呼んでいるけれど、果たして彼に性別が搭載されているのかは分からない。
ただ、絵を描いている時の座り方や、足を開いて座っている背中、あとは焚き火を見つめている時の空気の纏い方が、彼女ではなく、彼、というものに感じる。彼女、と言うのが私のことだと彼が教えてくれたからだ。
私とは全く違う。
彼はとてもうつくしい。

彼の絵を見に、たまに他のアンドロイドが小屋を訪ねてくる。
背中を丸めて、首を前に伸ばし、アンドロイドたちは彼の絵を見つめる。
その目の位置にあるレンズには、どんなものが写っているのか、私は知らない。誰も教えてはくれない。
彼の描く絵は、青い。その色をいくつもいくつも塗り重ね、盛り上がってきたら削り、それなのにまた同じものを重ねる。
こんな色、私は彼の絵でしか見たことがなかった。
何を描いているのかを聞いたら、彼は首を揺らした。
彼の顔の位置にはレンズはない。つるりとした固い板が、彼の顔だ。私が彼を見上げると、そこには私が映り込む。あまりに凹凸がふにゃふにゃとくり返されていて、はじめて見たときは泣いてしまった。これが私の顔なのだと知ってからは、さすがに泣くことはなくなったけれど、残念な気持ちはいつまでも焦げ付いてにおっている。
「これは海だ」
そう彼が言った。
一度しか応えてくれなかった。あの後、何度もその言葉について聞く私に、彼は丁寧に言葉を探してきてくれた。けれど、それをどうして描いているのかということには、けして応えてくれなかった。
「好きなの」
そう聞いた私に、彼は平らな顔を向けてまた首を揺らした。
「アンドロイドに好きは無い」
それ以来、彼はこの質問にも音を発さない。
だから私は絵を描き続ける彼の背中を見つめながら、または、彼の絵を見に来たアンドロイドが、たまに顔の下を手でこする仕草をする様子を見守りながら、それが、好き、ではないのかと思うのだ。
好き、は無い。と言った。
分からない、ではなかったことを、私はずっと考えている。


いつか夢で見た、海辺の小屋で絵を描き続けるアンドロイドと少女のお話。
こんな感じで、短いものを繋いでいきたいと思っています。

その夢のことを書いてたnoteはこちら。

このお話、ものすごく漫画で浮かんでくるのに、
私には絵が描けないのが本当に残念。
コマ割りまで分かるのに、、、

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