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情緒が壊れてしまったので「ファミレスを享受せよ」の感想を出力するボタン押したら止まらなくなった【ネタバレ】

 きょうは以前紹介記事も書いた「ファミレスを享受せよ」のネタバレ有りの感想をできるだけすべて語りきる為に記事を書こうと思う。
 このゲームはネタバレによって魅力を減じかねないゲームなので、未プレイの方は先に遊んでいただくかこの記事を読まないことをおすすめする。SteamやSwitchで販売されているほか、itch版は無料で遊べるので、そこから始めて見るのもいいと思う。


 また、記事内で語っている内容はおれの勝手な幻覚、いち解釈にすぎず、公式の見解とはなんら関係もないし、貴方の読み取った物語とどちらが上ということもない。各々のプレイヤーの思う作品像を大切にして欲しい。というか貴方の感想を何かの記事に書いて読ませてください。他人の感想読むのが好きなんです……お願いします…。




溢れゆく感想をなんとか書き留めなければ

 ここのところSNSを見ながら床で力尽きて眠り、適当な深夜にベッドに入る平日を繰り返していたが、日曜日に「ファミレスを享受せよ」を遊んでからというものおれの脳から漏れ出る情動を少しでも書きとめておきたいという焦りがPOST VOIDの如く全身を駆け巡り衝き動かした。


書かなければ!!!!!
忘れる!!!!!!!!!!
忘れてしまう!!!!!!!!
自分の胸に湧き上がった初プレイ時の感情を!!!!!!!

 しかし、「このゲームが好きだし大切にしたい」という思いがあったので、いきなりなんもかんも喋るまえにまずは人々にネタバレ無しで書いて広めてからにしようじゃないかと思ってプレーンな紹介記事を一本書いた。左手に握ってるおれの生首からメチャメチャ感情が滴りおちつつ、なんとかスライディングで疾走しながら二日間で書き上げた。おまえらもこの作品に情緒をかき乱されるよう巻き添えにしてやる…という念を込めて…。

 そういうわけでそれからは遠慮なしでたっぷりと感想の執筆に取り組めている。嬉しい。

オーバービュー

 おれからすると「ファミレスを享受せよ」の全要素が良いので、何が良かったですか?と問われたらまあ一言「森羅万象」とだけ言えば事足りるのだが、それでは芸がないので気に入ったところを書いていく。

楽曲

 作者のおいし水さんはもともとピアノに慣れ親しんでいる方とのことで、さらにLo-Fiの作曲論を学びながら本作のBGMを作ったそうだがどれも本当に良い曲になっている。

 ノイズとフィルターで曖昧に濁されたLo-Fiの持つ優しさ、ファジーさ、いい加減さが見事にこの世界にマッチしている。
 これはもちろん一般的なパートでムーンパレスの住人と雑談しているときにもやすらぎを与えてくれるが、逆にピリリと辛みを感じるシーンを中和する作用もあるのが良い。たとえば「夢中の密会」などは物悲しさや切なさ、自分が踏み込むべきではない他者の過去に入り込んでしまったことへの緊張感が走る曲なのだが、それがLo-Fiで表現されていることで解像度の甘いユルさを含んでおり、少しだけ遊びを持たせてくれている。
 「テーブルを囲んで」は腹を割って話そうじゃないか、という明るさと、みんなの抱える困難にセロニカがともに立ち向かおうとしてくれる心強さを感じさせ、夜道を照らす月光のような印象を受ける。音楽によって場面の空気を変える演出力というのもまたすごい。

 Steam版やSwitch版についてくるピアノアレンジも秀逸で、作者さんのサイトで開発後記を読んでみると「意図して大胆にアレンジして印象を変えた」とも言っているとおり作品の風合いにも影響を与える。
 全体的に雰囲気が怜悧になって、すこし引き締まった雰囲気になる。より心のなかに切り込んでくるような感じがして、これはこれで良い。

世界観設定

 このファミレスを探索するうちに実は異星人が絡む壮大なおはなしであったことがわかってくるのだが、その壮大さと適当さのバランスが良い。

 過去、おれの好きなアニメ作品のひとつが「研ぎ澄まされた適当、磨き抜かれたいい加減」というワードを標榜していたのだが、そこへいくと本作は反対に「ゆるみきった緊張」と喩えることができるのではないかとおれは思う。
 結果からすると「異星人が禁を破り、地球人を殺傷してしまったことで周囲の人物が巻き込まれ…」というものすごくシリアスなお話だし、全員なにがしかの事情を抱えている。ベースラインはものすごく暗いし鋭利でダークにもなりかねないものなのだが、それをものすごく永い永い時間でザァー……っと洗い流し、ほろ苦さはあれど角の取れた丸みのある味わいに完成させている。


自分の愛した故国が戦地になったって話も数百年して気持ちの整理がつくとひとまず「めちゃくちゃ」で片付けられるメンタルになる


 重い話をすんごい長い時間でスレさせ、無気力な気だるさで放り投げ気味にすることで軽量化し、そしてなんか登場人物全員ちょっと天然なギャグセンスを持っているので笑いながら収拾可能な範囲に留めている。お互いに困ったら助け合おうという善性も持ち合わせており、嫌味がない。ゆえに、読後感がとてもいい。
 音楽についてもだいたい同じことを書いたが、この作品は心に痛みを感じかねないところにあらかじめクッションを置くということが非常に上手い。

 ただ、そもそもの入り口時点で少しだけ人を選ぶゲームでもあるなと思う。
 このゲームは少し薄暗く落ち着いた一定の味をのんびり供されるものであって、いきなり魚粉をまぶしたり酢を突っ込んで根底から味変してくるようなことはない。ひとさじ目が合わなければ皿ごと合わないかもしれない。
 たとえば、おれはどうしても村上春樹作品だけはあの文体が苦手で読む気がしない(作者自体は思想がロックしてて好き)のだが、この作品ももしかしたらそれと同じで、ほどよくダラけた空気を「もっとギチギチに作り込んでほしい」とか「何重にも複雑に練った怪奇な話を読みたい」と読んでるうちに思う人もいる可能性はある。大砲でぶっ飛んで宇宙旅行に行く話に「そんなんで月に行けるわけないだろ」ってところで引っかかってしまう人とかも世の中にはいるからね。
 よく言えば作品をつらぬくアートスタイルがあり、悪く言えばそれがアレルギーだといろんなことが気になりだして食えない料理だとも思う。まあおれは好きだからトリコくらいの勢いでガツガツ食うけども…。Wow Wo!


キャラクターについて

 これは先日の紹介記事でも書いたことだが、どのキャラクターも穏やかですこし距離を取りながら話してくれるのが心地よい。全員それなりに良いやつで、困った時は助けてくれるし、さっきまで他人行儀だったくせに数百年くらいTRPGをワイワイやったりする。本質的にかわいい奴らすぎる…。


 それでいて、彼女らの過去に触れることで一気に物語の奥行きが広がり、それぞれに訳があり、どうにもできなかった心残りがあり、しこりを抱えて生きていることが提示される。中盤の時点ですでに「ムーンパレスは月に住まう液状生命体のひとり、ツェネズによって管理されている」と作品世界の奥行きが広がっているが、それぞれの過去にフォーカスすることによって一気に二段階目の掘り下げが行われ、繊細さや複雑さを孕んでコクが増してくる。舌を巻かざるを得ない。

 そんな各キャラクターについて、おれの個人的な感想も絡めながら書いていこう。


ツェネズ

 ツェネズちゃんは登場順的に後に言及したかったのだが、各キャラクターの掘り下げがさらに彼女のあとに出てくるのでまずはツェネズちゃんについて話したい。

 ツェネズちゃんのキャラ造形でとても上手いなと思った部分は「物理的に人間のふりをするのが下手」ということだ。
 我々のような生きるのが下手くそな人間は、生きていくのが上手くないことを指して自嘲気味に「人間のふりをして生きている」とか「限界すぎて人間の形を保てない」とか冗談めかして言うことがある………が、彼女の場合はそのとおり人間のふりをしているし限界に達すると物理的に溶ける。まさに「人間の形を保てない」そのものである。
 だから不器用で生きるのが苦しいプレイヤーにとってはある意味非常に投影しやすい人物像になっている。もう人間ではいられへんわってなったらそりゃドロドロに溶けながらアーーーーーーー……って声出るわな。わかるよ。


 彼女のいいところは、そんな自分の欠点を克服しようと努力していることだ。そして悪意がない。不器用ではあるが、自分の事情を抱えているなかで出来る限りは誠実に話してくれるし、まあなんとかルール内で丸く収められないか考えている。
 彼女を通して月の液状(魚?)人間たちに人情があるのも見えてくる。不死だからこそ互いに仲良くしていかなければ後が面倒だし、そしてそういう打算がなくてもまずそもそも邪悪ではない連中なのがわかる。

 個人的な話だが、おれは最近仕事上リーダーシップを求められたりして自分以上に不器用な人の面倒をみる立場になることが増えてきた。
 おれは、まず自分自身を不器用で要領が悪い、かろうじて人間のふりをしている人間だと思っている。しんどすぎて心療内科にかかっても健常者として蹴り出されたりした過去があり、強い言葉を使うがいわばギリ健にあたる。ツェネズちゃんが自分の要領の悪さと悪戦苦闘する姿には大いに共感するところがある。
 であるからこそ、そういった、自分より不器用な人の面倒をみるとなると困惑してしまう。おれも不器用な人の気持ちはわかる。わかるというか、わかる立場にいたい。プライベートでは当然邪険にするつもりもない。しかし仕事に追われている時は自分自身の面倒を見なければいけないという最大の問題がある。逐一指示出しをするのが苦手なので、下につくのが自分で考えて勝手に行動してくれる人でないとキャパオーバーを起こしてしまう。溶けそう。アーーーーーーー………
 自分よりうまくできない人について理解を示したいが、実際問題その余裕がないとき、それでも優しい人間で在れるだろうか……ということに悩む。


 ツェネズちゃんやその同胞を見ていると、本当に羨ましくなる。時間がたっぷりあり、焦らずに仲間のペースに合わせて二人三脚で歩ける余裕がある。うまくできない人を尊重できる余白が常にある。
 ツェネズちゃんのようないい子を前にしたとき、おれは彼女の意志を尊重できるだろうか?意識せずとも言葉の端に棘が出ないように、穏やかで居続けられるだろうか?……おれはそういうことを考えざるを得なかった。

 自分を重ねる部分もあるし、そして彼女のような人と付き合うときいつか自分も"46番"のように振る舞えるだろうか……と思う。自分自身の今の状況を考えさせられる子だった。
 それはそれとしてセロニカ考案のTRPGにちゃっかり参加して超エンジョイしてるのは笑う。しかもそれがきっかけで演技の才能を開花させたのは幸せそうで良かったと思う。さすセロ(※さすがセロニカの略)


ガラスパン

 ガラスパン&ラテラ名言集を出版しようぜ。

 ガラスパンさんにこの作品のエッセンスがふんだんに込められていることは言を俟たない。言葉選びのセンスも抱えているものも舌を巻く、歩く文学作品みたいな女だ。作中座りっぱなしだけど。

 ラーゼ到着時のガラスパンさんは相当愉快な女なのだが、その愉快な女っぷりの裏には親友と分かたれてしまった悲哀がある。

 ラテラの言葉はつい考えすぎてしまう人間に救いの手を伸ばしている。おれを含め暗い人間はとかく自己憐憫で脳内麻薬を出して可哀想な自分に酔っ払いがちだが、ラテラは「退屈や憂鬱で感傷に浸ることにあまり価値はない」とケツを叩きつつも「あなたのように憂鬱な人は人生をもっと適当にやっても結構」とついつい忘れがちなことを思い出させ、励ましてくれる。

 ふたりの関係性にも、ゾクゾクするほど甘くて際どいものがある。ガラスパンの「同棲していた友達」という濃いめの感情がこもった言い回し(深い意味合いがないなら"一緒に住んでる"とか"ルームシェア"とかで良くない?)、「私はついで?」と冗談めかして問うたり、ラテラがいなくなったときの取り乱しようはどことなくただごとではない間柄を匂わせる。愛情に変わる瀬戸際のような湿度の高い親愛。アーイイ……遥かに良い。全身に関係性の針がブスブス刺さってアゴニィ=サンになりそう。
 世間で言う百合……いや…う~ん、どちらかと言うと女女か……とカテゴライズできるとは思うのだが、ガラスパンとラテラの関係はさらにそれだけで終わらない。


 ラテラは実在しない。これは……ふ~む………すさまじい。いや、要素要素でいえばそこまで特殊なことではない。要はガラスパンさんはイマジナリーフレンドで自分の精神の平静を保ってきた、というだけの話なのだが、ここまで濃密で依存とも愛情ともとらえられる関係性を先に描写しながらいないという爆弾を放り込まれるのはさすがに脳がこんがらがる。してやられたというか、作者のおいし水先生の仕掛けたブービートラップに見事に引っ掛けられたという格好だ。サイゴン!
 向かいの席のグラスにこだわる、はじめからいたはずのツェネズとラテラが顔を合わせていない、スパイク王の到着タイミングがラテラのいなくなった後、という伏線はあるので「もしや……」という程度には予想ができるが、こんな濃密な女女を見せられた後にこれが直撃して耐えられる人間はいないんじゃないだろうか。誰なら無傷でこのショックに耐えられるかな?クマムシとか?

 最終的にラーゼという新たな友達とささやかなヒミツを共有してるのはねぇ…いいですねぇ。は~甘露甘露。ちょっと温度低めなおもしれえ姉ちゃんと空回り気味なエネルギッシュ妹の組み合わせは美味しすぎる。思う存分イチャついてくれ、ガラスパンさん。ふたりで服買いに行って自分をほったらかしにしたまま店員と話し込んでるラーゼを横目に見ながらキュッと眉根にシワを寄せたりしてくれや。
 資料集で明らかになるガラスパン謹製ギャラクティック掃除機も最高。ヤーナムとかで売れそう。


レイルロード・スパイク

 ファミレスになんで王様が?と思わせるツカミのキャラでありながら、実はすっげえキーパーソンでしたというこの面白さよ…。

 「王」という造形もしっかりしていて、ノブリス・オブリージュを体現したような立ち振る舞いが貫禄を見せる。
 「べつに無理して他人と一緒にいたり仲良くする必要はないぞ」とラーゼを諭す思慮深さもさることながら、ラテラを失って狂乱するガラスパンを慰めたり、コーヒーの海で溺死しようとする彼女を「しょうがねえやつだなぁ~」くらいの温度感で許していたり、故障中のディスペンサーでやらかしたラーゼを励ましたりと器のデカさが随所に光る。統治者のことを「国父」「国民の父」なんて言ったりするが、スパイク王はまさしくパパみたいなところがある……。

 それは哀しくもフォースプーンへの向き合い方にも現れていた。現実的な判断としては自分がいてもいなくても国がなくなるのは変わらないが、下の者を見捨てて何が王か、と言える誇り高さと責任感を持っていた。それゆえに……。
 名君の器ではある。しかし乱世の英雄ではなかった。

 人間的な、あまりに人間的な素顔と上に立つものの度量があるレイルロードにクラインが惚れてしまったのも頷けるところだ。ガラスパンの支えになったことも含め、要所で他者を見守っている魅力的な人物だ………が…
 …さすがに9桁まで試したことは先に言ってくれてもよかったやろ!!!!!とツッコミを入れられる天然なところもある。そこも愛嬌のあるキャラクターだ。


 彼女のエンディングについて自分の見方を言わせてもらうなら、どちらもそれなりに良い終わり方なのだが、やはりエンド2がしっくり来る。スパイク王が自分の意志で"選択"できたのって、実はあれが初めてなんだよねって。
 王位継承も、戦争もスパイク王を翻弄してきたし、さらには愛ゆえにといえど自分の最期すらもクラインによって決められてきている。王が「普通の人」として生きることってべつに記憶を消して現代に馴染むことじゃなくて、「本人の権利が尊重されること」が当たり前のように叶えられることで達成されるんじゃないかと思うので、愛する人の隣にいたいというわがままを実現したエンドがおれは一層趣深いと思っている。
 エピローグでエンド2についてガラスパンとラーゼが語っている見方は一見投げやりっぽいのだが、彼女らも悠久の時をファミレスで一緒に過ごしてきた背景を考えるとなかなかの説得力がある。「あたしらがあそこであんだけ永いあいだ適当にやってきたんだから、きっとなんとかするでしょ」という意図がなんとなく受け取れるし、安心してこの物語に手を振って去る事ができる。
 なので、あまりクラインと王の間柄についておれが話すこともないかな。ふたりはもう語らずともきっと満たされている。



セロニカ

 セロニカは……どうしようかな…。だって絶対なにがどうやったって嫌いになれないだろこんなやつ。好きになっちゃうな…。お前背負いすぎだろってくらいしか欠点ないし…。

 セロニカは物語上ふたつの側面を持っているので、それぞれ触れていきたい…
 まず図書館の事務員としてのセロニカは、ムーンパレス随一の常識人ぶりと知性をもって状況を整理してくれる。その知性がツェネズに詰め寄ったりと悪い方向に行くこともあるが…。

 一見、他者を拒む超然とした雰囲気があったり話すことが不得意そうに見えものの、「自分の中に何もない」「自分は過去を背負っていない」ということを気にして心に隙間があるのか、意外と話好きで寂しがり屋なところがある。暇にあかせてTRPGを作ってみんなで数百年遊んでたりなど、わりとコミュニケーションはラーゼの次くらいに上手いのかもしれない。ルール知ってるセロニカがGMやることになるだろうし。

 一周してから彼の言葉を聞いてみると、つくづく難儀な男であることがわかる。そもそもあまりにも背負いすぎて記憶を消すという自殺にも近い暴挙に出たというのに、記憶を消したら消したで今度は「自分はこんなに背負ってなくていいんだろうか…」とか言いだす。やめろ!!お前は自由になっていいんだよ!!もう背負うな!!!!!
 
気にしいの国があったら気にしいの王様になれるよ君は……といったところだが、記憶を消そうがなんだろうが本質的に他者を気にかける性格は変わらないのだろう。なんかサム・ブリッジスくらい重たいもの背負う才能あるんだろうね。青い薬を飲むかどうかについても、その効果とどうなるかを理解した上でそれでも「それは自分が知らなきゃいけないことだから」飲むという決断を下すあたり、根っから正義と思いやりの人である。


 ストローを使って過去を見ることでセロニカの正体がわかるシーン、すごく衝撃的だったし真相に一気に近づいていて引き込まれましたね…。えっ!?月の人だったの!?!?って遊んでる途中にリアルに声出た。

 処刑人としてのセロニカは本当に人間的魅力が尽きない。責任感があり、情け深い。慈愛の人だ。葛藤しながらクラインのこともなんとか助けられないかと抜け道を探すあたり、そこいらの人間よりも人間らしい。

 こうしてみるとセロニカに犠牲を強いすぎているような気がしなくもないが、しかし月の民としては想定外だったのだろうなとは想像できなくもない。
 そもそも月の可侵法は脅しとか見せかけのため、「そもそもやるやつはおらんだろうけどやったらあかんよね」という共通理解のために制定されてるっぽいので(※イラストギャラリー参照)、したがって処刑人という仰々しい役職も名ばかりで実際はお助けマン的な立ち位置にあるのだろうと思う。メン・イン・ブラックよろしく、やらかした宇宙人を助けるのがメインの仕事の公僕であってせいぜい訓戒とか懲戒くらいで済ませるために作られた職なんだろう。
 まさか地球人を4人も傷害して1人殺害するなんてことは……そんなリーチ一発ツモピンフ純チャン三色一盃口ドラ3みたいな役満で法のブチ破り方するヤツなんかいるわけ…


 居るんだな、これが。
 
いや「居るんだな」じゃねえよ。なんでいるんだよ。いちゃ駄目だろ。そんなところで遺憾なく天才性を発揮するんじゃないよクライン。しかもなんで一回の犯行でキレイに3つの条項ぜんぶストライクでなぎ倒すんだよ。法律でボーリングやってんじゃないんだぞ。
 月の人々もそりゃたまげるでしょうね。交番のおまわりさんくらいの感覚で任務をお願いしたらいきなり彼の所轄で三億円事件起きました、くらい寝耳に水だったんじゃねえのかな……。

 そういうことを考えると、まあセロニカくんに関しては背負い込みがちなもともとの性格もありはすれど、まさかこんなことになるとは誰も思ってなかった……というふうにおれは見ていますね。ただの不運じゃねえぞ。ド級の不運、ド不運だ。
 クラインの暴走というか、自罰のための犯行のわりを食ったという感じなのではないかと考えています。

 そんな人物であるからこそ、テーブルを囲んだときの彼はひときわカッコよかったですね。
 心が折れてしまうのかと思いきや、「別人だったときの記憶が緩衝材になっていて…」と言っているあたり、みんなでワイワイやったTRPGや地球での生活がもう一度彼の心のエンジンに点火したんだろうなと。はっきりとは言わないだけで彼なりにムーンパレスのメンバーのことが好きなんだなと思わせますね。


ラーゼ


※イラストギャラリーで姿がわかるが、キービジュアルでも後ろを向いていたりとあえて本編で顔を見せていない意図があるような気がするので画像の掲載は控える


 ラーゼはなんというか太陽みたいな女だな…。エネルギーを放射して周囲を暖める才能がある。
 ものすごく活発で動き回るし、あまりにも人好きしすぎて話すネタがないのに話そうとするし、寂しい?とかガラスパン本人に訊いちゃうし、16桁総当りするし、難関資格を特に使うつもりもなく取ろうとするし、故障中のドリンクバーのボタン押しちゃう雑なところがおもしろい。キング・オブ、いやクイーン・オブ・適当。ラテラの言葉の体現者。

 ムーンパレスの人々にはなんかしら特殊な事情があるわけだが、ラーゼに関しては総当りのらへんで異常性というか、どうもなかやまきんに君くらいあふれるパワーがあるらしいことがわかってくる。
 ドリンクバーのコーヒー出すときも本当はBGMにボン・ジョヴィかかってたんじゃないでしょうか。ヤーーーーーーーー!!!!!!!!!!!(ドバーッ)

 やることなすこと面白い天然の芸人タイプだと思うのだが、ラーゼのすごいところは行動がガバガバなわりに思慮がないわけでもなく、それなりに他人の踏み込んではいけないところを理解はしている部分。心の機微を感じ取れるバランス感覚がある。

 スパイク王とクラインのことを話す時は「きっと大事なことだからある程度クラインについて理解してから話そう」と自分に待ったをかける自制心があるし、セロニカに青い薬を渡すときもきちんと過去のことを説明するなど他者を心配する素性の良さみたいなものが窺える。
 ガラスパンにラテラの件を指摘するときも、誤りを正そうとか上から目線でいることがなかった。個人的にこのあたりは特にすごいと思っていて、精神的な悩みについて「早く治ろう!」「まっとうになろう!」とか言っちゃうのはポジティブ人間がついやりがちな御法度なんだが、「いないということは一応過去を見た義理として言っておくが、そのことはあなた自身が考えるべきだからどうとも思わない」という公正な態度を崩さなかったのは立派だ。
 イマジナリーフレンドがいようがいまいが、それで誰にも問題が生じていないならそれを他人に叱られる謂れはないのであって、そこで「おかしい」「変だ」と脊髄反射で言わなかったのはなかなか人が出来ている。なんとか生きていくために生きづらさを緩和したり、世界と折り合いをつける特別な方法が必要な人だっている。つらいことを受け入れるための時間が必要なときもある。大事に思っていた相手を喪ったならなおさらだ。
 そのへんがわかるあたり、スパイク王が「素直で健全」と評してラーゼに箱を渡したのもさもありなんといったところだろう。


 しかし、他人に気を遣ったり一人で考え込むだけでは物事は解決しない。

 この作品のいちばん盛り上がるエンド2ルートの場面に「全員の対話」を持ってきたのは、すごく納得感がある。
 どうしたらいちばん丸く収められるだろう、ってことを考えるには、どう転んでも最後にはやっぱり徹底的にぜんぶ話すしかない。悩むのもいいけど、永遠に察してゲームやってたらどうしても本当の解決にはならない。近頃のエヴァQやシンエヴァなんか見ててもそうだけど、黙ってたら悪化することとかもあるし、人間はバカだから言わなきゃわからない。「こんなこと誰かの手を借りるのは恥ずかしい/借りたってわかるわけがない」と思って意固地になっても自分一人では答えが出ないこともあるし、最後は他人の知恵を借りてとにかく話すしかなかったりもする。
 それぞれの悩みを腹を割って語り合って、現実的にいちばんうまく落とし込むことができそうなあたりを探そうぜ、というのはどこかしらで必要になる。もちろんお互いの信用があってこそだが。

 そういう意味では、ラーゼがムーンパレスにたどり着いたタイミングはものすごくちょうど良かったのではないかと思う。おそらく早く着いていても駄目、遅く着いていても駄目。
 ガラスパンが神経質になっているタイミングではラーゼの活動性が火に油を注いでいたかもしれないし、遅かったらセロニカがツェネズを追い詰めて両者に深い溝ができていたかもしれず、そのあいだくらいにラーゼが到着したのは僥倖とも言える。
 受け止めたり、静かに考えるためには思索を深める長い時間が必要で、そして実際に手を動かして話して相互理解し解決する行動も同じくらい大事なことだ。PlanDoのどちらも欠けてはならないものなんだが、その両方を持ち合わせたラーゼが人と人のあいだの潤滑油になって信頼を取り持ってくれたのは奇跡的ですらある。

 行動力と他者への配慮をあわせ持った得難い人物だ…

 ……でもそれはそれとしてやっぱり16桁の総当たりを何百年もやるのは変な女だと思うぞ!!!!


そのほか、このゲームで好きなところ

 ここまでで主要人物についてはそれはもう語り尽くしたので大満足した。あとは、気に入ったところを個別にいくつか。

間違い探し

 これはすごくおもしろい仕掛けだと思った。別に解かなくてもいいけど、解くと世界観の理解の一助になるという具合がミニゲームとしてちょうどいい。難易度がやたら高いのもサイゼの激ムズ理不尽間違い探しを思わせて笑える。
 解いていくと「あれ?この問題集ってお話が続いてるよね?」と、魚たちが地球にたどりつくまでの物語になっていることがわかるのが小粋だ。

 なかでもこれがすごかった。「成形体」はかなり気持ち悪くてギョッとする(魚だけに)問題なのだが、間違っている部分が「床の模様」なのがまた実に巧妙だった。

 そもそも「間違い探し」とはなんだろうか。我々は当たり前すぎて定義するまでもないことだと思っていたが、これは丁寧に考え直してみると、出題者が「これは間違いですよ」として設定している問題を解くという行為になる。
 で、あれば、どう考えても違うものが「同じ」とされている場合はそこからコペルニクス的転回が起こる。なぜ出題者はこれを「同じ」だと言っているのだろう?という問題に思考がシフトすることになるわけだ。
 つまりおれたちは間違い探しは出題者と回答者が同じ常識観(フレームワーク、共通言語)を持っていないと成り立たないという当たり前だが当たり前すぎて考えてもみなかった事実にぶち当たる。我々は解き始めたとき勝手にこれを「ファミレスを経営する会社がイラストレーターを雇って作ったんだろ」と無意識でそう結論づけて疑ってこなかったのだが、どうもこれは雲行きが怪しいぞと考え始める。ここを取っ掛かりにして考えるとどうやらこの問題集(そしてこれが置いてあるムーンパレスというファミレス)を作ったやつは地球人とは違う価値観で生きてるらしいぞというヒントになる。
 事実、この虫と魚は液状の月の住人をどう成形するかの違いでしかないので、問題集を作ったやつ的には「お隣の田中さんが髪型を坊主にしたか五厘刈りにしたか」くらいの差しかないということが"跋文"を読むとわかる。ツェネズの正体を知る前に、「どうもこれは宇宙人が関わってる話っぽいな」とあたりをつけることができるギミックということになる。
 おれはこの間違い探しの構造主義的美しさに魅了されてしばらく気持ち悪いヒラタイウオムシの画像と電波的な怪文書を見ながら「美しい…美しすぎる…」とニヤつきながら独り言をブツブツ言っているのだがわかってくれる人があまりいない。
 わかってくれるひとがいないからわかってくれるように解説した。理解してしまったのでキミも今日からおれの仲間になる。おめでとう。


部分的にエンディングを変えられる

 みなさん、エンド1をいろいろガチャガチャ変えられるって知ってましたか?

 結構気づいている人もいるので取り立てて言う事でもないんだけど、それぞれのキャラクターに隠したい事実を突きつけたり、薬を飲ませたか否かでエンド1でエピローグが変わります。

 これに関しては気づいてない人もいるだろうから画像を貼りません。キャラクターの味わいが深まるしちょっと面白いから今からでも見てみたらいいと思う。


エビ

 これも伏線の仕込み方がうまいなぁと思う。

 ガラスパンやラーゼがなぜムーンパレスにすっ飛ばされたのかの原因として出てくるのがおそらく「エビ」。
 Steam版とSwitch版のギャラリーで明かされるのだが、ムーンパレスに入るには特定の位置座標、星辰が揃っていること、合言葉が必要になる。

 実はこれについてはなんとなく作中で条件を満たしていることがフワッと示唆されている(おれがそう思っているだけなので公式に明言されているわけではないが…)。
 特定の位置座標。これはムーンパレスかな。地球人が好き勝手にビュンビュンとムーンパレスに入ってこられると困るので、さすがに何もしないわけにもいかず特定の位置に地球のペーパーカンパニーか何かを介しファミレスを建てて月の住人がカモフラージュしているのではないかとおれは想像している。目立ちすぎてバレても困るし、地味すぎて地球人が勝手に立ち入っても困る。そういう意味ではファミレスがちょうどよかったんじゃないかな。つまり逆説的にムーンパレスが建っているところはその座標ということ。
 星辰についてはムーンパレスの住人がみんな一様に「月が綺麗だった」と言っていることから、おそらくなにがしかの月が綺麗に見えるタイミングがトリガーになっている可能性がある。憶測ではあるが、そこから一歩踏み込んで流刑の月が見えていることが条件……という線もなくはない。
 合言葉、これが見出しにも書いたエビ。ガラスパンとラーゼは甲殻類アレルギーらしくエビについて訊いている。ただの偶然といえばそれまでなのだが、アイスクリームにエビが入っているかと問う特徴的なシーンまであることを考えると可能性は大だと思っている。

 ということをモニャモニャ考えるのが楽しいのだが、これについて公式が明確な「答え」を出してこないのも良い。存分にモニャモニャさせてくれる。解釈をこちらに任せてくれる曖昧さというのが心地よいです。


言いたいこと全部言ったので超満足

 ふう、頭の中身全部出た…。

 ぜんぶ言いたいこと言えたので満足しました。ここまでで一万三千字あるんだってよ……。
 ……書いておいてあれですけど、おれの言っていることを飛ばさずここまで読んだ地点であなたもまともではないかもしれませんね……。

 なんか作品の温度感がすごくいいんだよね。心地よい気だるさと暗さが根底に流れているんだけど、それだけに染まらないで上昇していってカタルシスにつながってくれる。
 ここまで考えさせてくれる、そしてこれだけ感想を書いても苦にならないゲームと出会えたのは本当に幸せですね。

 次回作のペンギンも楽しみにしています。おいし水先生にBIG感謝……。



ちょっとしたファンアートを描いたので飾っておきます



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