見出し画像

ファミレスを享受しながら「ファミレスを享受せよ」の紹介をする


Prologue


 おれは久しぶりにファミレスに寄った。夕飯にしても遅い時間だからか、人も少なく好きな席に座れるらしかった。タブレットでなんか妙に長い名前のカレーにサラダとドリンクバーを付けて頼む。仕事終わりで腹が減っていた。
 タブレットに「飲み物は勝手にとってきていいぞ」と言われたので、何かしらの話をずっとしているおばちゃんたちの視線を背に受けながら、山ぶどうジュースの微炭酸をコップに注ぐ。人も疎らな22時になるまで無数の客から砂糖水しぶきの洗礼を受けたであろうディスペンサー。そのボタンは信じられないほどベタベタしており、老人の額に折りたたまれた皺のごとく彼の労苦を物語っていた………


 ちょうどカレーが来たから食べながら話をしよう。

 おれは先日「ファミレスを享受せよ」というアドベンチャーゲームを買って遊び、いたく気に入ったので紹介しようと思った。しかし自分が"夜のファミレス"にしばらく来ていなかったことを思い出し、せっかくファミレスのゲームの話をするのにファミレスのことを忘れていたら寂しいじゃないか……と思ってファミレスに寄ることにした。
 それははたして正解だった。くたびれたスーツのおっちゃん、ずっとグダグダ喋ってるおばちゃん、野暮ったいダブルフラップの防寒ブルゾンを着込んだおれ、そしてボタンがベタベタのドリンクバー。そういったものがファミレスでは隣り合う。おれはすっかり忘れていた。

 街なかではきっと交わらない人々の人生がなんとなくとどまって交差する場所、それがファミレス。
 今日はそんなファミレスを舞台にしたゲームの紹介をする。


ファミレスを享受せよ


 どこか儚げで脆く、暖かなLo-Fiミュージックがなんか鳴ったり、鳴らなかったり、やっぱり適当に鳴ったりするなかで、突如「ムーンパレス」なるファミレスから外に出られなくなりウロウロするアドベンチャーゲーム。
 アンチエイリアスのかかっていない、いわゆる2値ペンで描き出された淡くチルいアートワークが特徴的。おはなし自体もそれほど長くなく、公式では100分くらいで遊べる作品だとされている。(おれは2時間くらいでじっくり読んでから、後述するピアノBGMにしてもう一度頭から遊び直した)

 このゲームは本来itchでweb公開されているフリー版が存在するので、金欠の学生さんや「お金を使っただけなのになぜかお金が減ったぜ!」「銀行口座に210円しかないぜ!」と給料日前のおれみたく残高がギリギリでいつも生きていたいから…な人は試しにこちらを遊ぶのもよいだろう。有料で買えるSteam版とSwitch版はこれにイラストギャラリーや内容が少し追加されているほか、作中の楽曲をピアノアレンジBGMに切り替えられる。曲が変わると印象も一味変わるので、ひとまずitch版で遊んでからもう一周ピアノを聴きつつ製品版をまったり読み、追加されたイラストギャラリーを嗜むというのもおすすめだ。


 さて、困ったことに早くもおれから貴方がたに伝えられる具体的な情報がなくなってきた。アドベンチャーゲームやノベルゲームってのは、何から何まで語って聴かせるとてんでおもしろくないものだからだ。
 ここいらでカレー食いながら喋ってる変な男のことなんぞほっといて買うかitch版を遊ぶのが良いと思うんだが、まあ……もう少しネタバレにならない範囲で、雑談するとしよう。おれが寂しいので。


23時の空気

 ファミレスとは少し違うが、こうしていると飲食店をたまり場にしていた大学生のころを思い出す。サークル活動が終わる19時くらいになると友人たちとすぐ近くのマクドナルドに寄ってよく喋り倒していたものだった。当時のおれは輪をかけてバカみたいに金がなかったので、世話好きの友達がよく奢ってくれたことを覚えている。(流石に学生時代のおれ人間失格すぎるだろう、太宰治かよと思ったので社会人になってから飲み物や食べ物を寄贈してジワジワと返済しているが、莫大すぎておそらく彼にまだ全然返しきれていない……)

 意気揚々と話し込んでいても、だいたい23時くらいになると言いたいことはぜんぶ吐き出してしまい、誰もがからっぽになる。眠気と気だるさが漂い、オチもなく収拾もつかないことを脳直で放り投げるように喋ったり、ストローの入っていた紙の鞘をいじくりたおしたりする頃合いだ。
 なにもかも言いたいことがなくなり、ボーっと店の外に洞洞と広がる夜闇を見つめていると、自分の中のすべてのものがなくなって透明になったような気がしてくる。さっさと帰ってもいいが、どことなく今この瞬間にしかない青春があるのかなという気がしてきて、「こんなふうにダラダラ集まって話してられんのも大学生までなんかねぇ…」なんてセンチメンタルをもてあますと、「お前それ毎回言ってないか…」と至極まっとうな返事が返ってきたりする。心地よい停滞の時間。若さと仲間があって、しかしそれが失われるだろうというモラトリアムの終わりを予感もできて、永遠にただこの間延びした学生でいられる時間が終わらなければいいのに……と思う時間。


 「ファミレスを享受せよ」の肌触りは、その23時の空気を思い出す。間延びした気だるさがそこにはある。
 パンケーキを注文すると供されるプラスチックナイフのような、硬いけれど鋭くもなくて、樹脂だからひんやりともしていない、そんな中途半端さがムーンパレスには漂っている。話すことをすべて話しつくして、まあすることといえばドリンクバーに行くくらいしかないという倦んだ気配が心地よく貴方がたを包むだろう。


遠慮がちでわきまえた距離


 あんまりこのキャラがどうこう……ということを喋ってしまうとやはり魅力を減じてしまうし、なによりこれから遊ぶ人のイメージを固定したくないので控えるが、全体的に人と人の距離感が付かず離れずで心地よいということは言える。登場人物は皆、べつにコミュニケーションを取ろうと思えば取れる人物ばかりなのだが、少し翳りがある喋り方をする。

 これはおれの勝手な偏見なのだが、対人関係で苦難や苦痛を抱えたことのある人間はあまり踏み込んでこないというか、距離感の詰め方を段階を踏んで慎重にやろうとわきまえている印象がある。たとえば小学生のころ「あいつこんな漫画描いてるんだぜ~!」とかクソガキにノートを奪われて回し読みされた経験のある人は、いずれ成長して創作活動をやっている人と出くわしたとき「これは……どんくらいまで踏み込んだらいいんだろうか…!」と一瞬考えたりするかもしれない。それは面倒を避けるためでもあるし、相手を傷つけないためでもある。

 この作品を読み進めていると、作者の台詞回しはそういったことによく気が回っているなと思う。おっかなびっくりで気にしいな人々の気持ちがリアルにシミュレートされている。だからお互いの間合いが心地よいし、むき出しの刃物で斬りつけ合うというようなことをしないでいてくれる。35℃くらいのぬるま湯な会話を作り出す職人と言っていいかもしれない。
 かといって、つまらない薄味の会話ばかりをお出しされるわけではなくしっかりと味がある。弛緩しつつもユーモアがあり、だしの利いた笑いが散りばめられていて、時折プレイヤーを笑わせながらファミレスでの物語が展開されることとなるだろう。


そういうゲーム


 さて、ここまでで「ファミレスを享受せよ」のことをまともに紹介してるんだかしてないんだか迂遠な言い回しで韜晦してるんだか、というような内容をダラダラとファミレスで喋り倒してきたが、実を言うとおれがやっているこういう益体もない雑談をするゲームがこの作品だったりする。

 したがって、そもそもここまでおれのダラけた記事に付き合って読めるような辛抱強いひとならば、本作は安心して楽しむことができるだろう。
 なあ君、itch版で最初から最後まで遊べるし、ちょっとした追加資料が入った製品版だってあるんだ。ファミレスを享受するといい…。




 ……ところで、そろそろ話も終わったしお会計して帰ろっかなと思ったらなんか店員さんの気配しないし入り口のドア開かないんだけど…



 …おれ……どうしたら帰れると思う……?







Fin


この記事が参加している募集

全力で推したいゲーム

心に残ったゲーム

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?