コインロッカーベイビーズ

感想と好きな文章を書きなぐり。

感想

コインロッカーに捨てられた、同い年という共通点だけで、双子として育てられたキクとハシ。
キクもハシは「肉体と病気の関係だった。」なるほど。
「肉体は解決不可能な危機に見舞われた時病気の中に避難する。」か。
要するにふたりでひとつってことだと思った。

私も双子だから、キクとハシを自分たちに重ねてしまった。
私は圧倒的にハシだ。
人に好かれようとして、自分が分からなくなっていく。

キクはそんなことはない。
「自分が本当に欲しいものが何か分かっていない奴は、欲しいものを手に入れることが絶対にできない」と言える。

キクはアイデンティティを自分の内側から探した人間で、ハシは自分の外側を探した人間なのではないだろうか。
アイデンティティ、自分を自分たらしめるもの、自分が自分であること、自分が欲しいもの、成しえたいこと。
キクは飛ぶこと通してそれを探し自分を形成していった。
ハシは音にそれを求め、それを求めることがアイデンティティになっていると気づけなかった。

ハシはキクに対して、劣等感を抱いていたと思う。
でもきっと、キクもハシに対して劣等感を抱いている。
双子ってそういうものなんだと思う。
物心ついたときから、比較対象として綺麗に条件がそろったサンプルがいる状態。

ハシはどんなに歌が売れて成功したと人から言われても、
最後に全てを破壊したキクにずっと憧れ続けるんだと思う。
私はハシ側だから、ハシに感情移入して読んでしまった。
圧倒的な強さを持っているように見える。自分が何をしても、どんな名声を得ても、適わないと思う。そんな相手がずっと昔から隣にいるのは、心強くて大好きだけど、苦しい。
分かるよ、私はハシだ。どうがんばってもキクにはなれない。 

まだまだ言葉に出来ていない大きな感情や思い、まとまっていない考えはあるけれど、この本がとても好きだ。
物語も、文章も、リズムも。大切な大切な一冊になった。読んでよかった。心からそう思う。


好きな文

大事なのは音が聞こえない状態、つまり全くの沈黙の長さと強弱だ。わかるかい?沈黙は聞く人間のうんと昔の記憶を震わせる、西アフリカの小人カバの求愛の鳴き声は、無音の長さが基準になってるんだ、精神異常者も不具者も、正常だと思っている者も、個人的な沈黙を持ってる、歌ってのは、その沈黙を刺激してやるだけでいいのさ。

163ページ

ハシの言葉。誰もが個人的な沈黙を持っている。
なるほどと思った。しっくりきた。
その人の個人的な沈黙、無音の長さのリズムみたいなものを感じる時がある。そういうことかと思った。

夏の亜熱帯の夕暮れは、焼けた肌から遠い体の深い部分に冷たい結晶のようなものを産みつける。
結晶は氷よりも冷たく体の中に、陽が落ちて暗くなっていくのと同じ速さで拡がっていく。その結晶が皮膚のすぐ下にまで迫った時、自分の肌の表面がどれほどの熱を持っているかよくわかる。

499ページ

大袈裟だけど、この文章に出会うためにこの本を手に取ったのかと思った。
衝撃だった。ハッとした。
この文章の解像度、リズム、全てが好きだ。
なんて綺麗に言葉に出来ているんだろう。
こんなに綺麗な言葉から成るこんなに綺麗な文章は、今まで出会ったことが数えるほどしかない。
何度も読み直したくなる、心を撫でる、癒される。そんな一文だ。

「空は何故青い?」という問いに、「夕焼の美しさを際立たせるためさ」みたいな答えができる人間になりたいと思っている。
思っているけれど、自分の中にしっくりくる答えは今まで見つけられていなかった。

「なんのために生きている?」と聞かれたときには、「心を撫でる名文に出会うため」って答えようと思った。

そう思わせてくれたこの一文とこの本は、私の中で大きな大きな大切な読書体験になった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?