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みじかいお話 ちいさなお話

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読み切りの短編小説たち
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記事一覧

おっぴさん

 わたしはばあちゃんがさんにんいます。いっしょにすんでるばあちゃんと、かあさんのじっかのいえのちっちゃいばあちゃんとおっぴばあちゃんです。

 じっかのいえのひとたちは、みんなおなじかおです。くろくて、しかくいです。おっぴさんのかおはまるいです。いろはしろいです。おっぴさんだけちがうかおです。

 あと、おっぴさんはせなかをまげてたちます。てをこしにおいてあるきます。あたまにてぬぐいをまいています

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おはようのうた

 祖母に手をひかれて、通りを渡る。センターラインも横断歩道も描かれていない車通り。斜め向こうの床屋さんの駐車場から、年長組の男の子たちの声が響いている。おかあさんたちの話し声、笑い声。「おはようござんす」と祖母があいさつすると、「おはようございます」と大人たちが答え、わたしはちょこんと頭を下げる。つないだ右手にぎゅっと力を込める。びゅん、と目の前を走っていく男の子。もうひとり、びゅん。「こら、あぶ

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雨の日のぷかぷかぷう

 ぼくの長靴はあおいろ。傘はきみどりいろ。レインコートはきいろ。保育園のときはあおいろだったけど、小学校はきいろなんだって。ぼくはあおいろがいいと思う。ねえちゃんはちゃいろのレインブーツを履いて、まわりにフリルのついたピンクの傘。二人でいってきますって言って、玄関を開けたら、みきちゃんが踊ってた。とうめいの傘をくるくる回しながら、みきちゃんも片足でクルッってした。ねえちゃんは走ってみきちゃんのいる

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せまもりのうた

 その朝あなたが生まれたとき、私は仕事をしていた。夜中にあなたのお母さんを、あなたのばあちゃんと一緒に病院に送って、しばらく待ったけれど結局帰ってきたの。ほとんど眠らないまま早番の勤務に向かって、いつもと同じように目まぐるしく働いた。眠たかったけれど、お釣りを間違えたりはしなかった。もう生まれただろうか、まだだろうか。男の子かな、女の子かな。胸の中がにぎやかに湧き立って、そわそわと落ち着かないのに

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春の夕は甘露

春の夕は甘露

 春の夕空だった。サーモンピンク色がふわぁっとひろがる。その色を食べたくて、口から空気を吸い込む。甘くてひかるあったかい味を思い浮かべる。

 春の色ってどうして美味しそうなのかな。ぼんやり霞んだ空と雲も、おぼろに浮かぶお月さまも、桜のちらちら散る花びらも、鮮やかな菜の花も、どれもみんな美味しそう。きっと蝶々には、世界がこんな風に見えているんだろう。目にするすべてが美味しい景色。

 蝶々になった

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お骨住み(オホネズミ)

 あるとき住んでいたホネの話をしよう。そこは居心地が悪いと、はじめは感じていた。粒子が細かすぎて、ざらざらとした感触も圧もないから、心もとなく不安だった。それまで住んでいたのは、もっと押し出しの強く粗い粒子のホネばかりだったから、その違和感に、俺はホネじゃないところにまぎれこんでしまったのかと思ったほどだった。しかし、しばらくすると慣れてきた。だいたい、ひとのホネに入るというのは、毎度未知の海に跳

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月へ行く

これは誰にも話したことがないのだけれど、月へ行くには裏道がある。

銀色にひかるロケットに着膨れた宇宙服で乗り込まなくても、田植え直後の清しい水面に映る月に飛び込まなくても、暗い夜の坂道を月を目指して上らなくても、黒猫の瞳の中の虹色の星を覗き込まなくても。

あるいは、手を伸ばして月を掴もうとしなくても、長い長い梯子をかけなくても、月を撃ち落とさなくても、傘でつつかなくても、ぽろっと夜空から剥がれ

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