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ハサンルの黄金杯〜古代イランの美しい工芸品〜

 

 ハサンルの黄金杯は、イランの北西部、テペ・ハサンル遺跡で発見された考古学的な発見物で、紀元前1050年から800年頃の早期鉄器時代に遡るものとされています。

 テペ・ハサンルは、イラン北西部アザルバイジャン州に位置する古代の遺跡です。ここで1956年から1977年にかけて、ハサンル・プロジェクトとして知られる発掘が行われました。このプロジェクトには、ペンシルベニア大学考古学・人類学博物館、ニューヨークのメトロポリタン美術館、そしてイランの考古学部門が参加していました。

 高校世界史の学習では、この時期は、パフレヴィー2世国王が「白色革命」と呼ばれる近代化を進めた時期にあたります。アメリカ合衆国とパフレヴィー朝イランの関係が良好だった時期ですね。その後1979年のイラン=イスラーム革命でパフレヴィー朝は倒れ、イラン=イスラーム共和国が建国されて合衆国とイランの関係は冷え込みました。

 この魅惑的な「ハサンルの黄金杯」が発見されたのは、発掘調査が始まって間もない1958年8月のことでした。

 ハサンルの黄金杯は、グラスやカップに似た形状をしていますが、その原形は状態が損傷していたため、正確に再構築するのは難しいとされています。おおよその大きさは、高さ約20cm、最小直径15cm、最大直径18cmほどと推定されています。この容器は、非常に優れた考古学的な発見とされています。容器は上部と下部に分かれ、そこには神話的なシーンや神々が描かれています。

 上部には、二輪戦車を引く三人の神々、火の川を発する牛、神々を祭り人々、三匹の犠牲の子羊などが描かれています。一方、下部には、裸の女神、ライオンに乗った女性、戦士が融合した人間と動物と戦っている姿が描かれています。

 このモチーフは、地元の信仰を示すものである可能性が高いと考えられています。しかし、ハサンルに住んでいた人々の具体的な信仰については、まだよくわかっていません。描かれているモチーフは、メソポタミアおよび周辺地域の神話や英雄叙事詩にも見られるものですが、使用された時期や民族によって解釈が異なります。

 研究によれば、ハサンル遺跡は紀元前800年頃に火災によって破壊され、発掘で246体の人間の骨(子供、女性、男性の混成)が発見されています。ハサンルの黄金杯も火災によって破壊されたものとみられ、実際に手に持っていたと考えられる一人の人物の骨と共に、倒壊した建物の南東の部屋で見つかりました。この人物は、火災の終わりに建物が崩壊した際に、ハサンルの黄金杯を手に持っていたとされています。

 この発見は、ハサンル遺跡が紀元前800年頃に攻撃を受けたことを示唆していますが、侵攻者が誰だったかははっきりしていません。一部の研究者は、カフカース山脈南部やザグロス山脈北部からの侵略者との関連性を示唆していますが、時期や位置からアッシリア帝国が襲撃した可能性も考えられています。

 それにしても美しい工芸品ですね。現在は、テヘランにあるイラン国立博物館に収蔵・展示されています。機会があったらぜひ実物を見てみたいですね。


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