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「シュヴィルツォク」という表記の問題点

Jリーグの名古屋グランパスには Jakub Świerczok というポーランド人のフォワードが在籍している。来日するまでは主にポーランドのクラブで活躍し、同国代表経験もある選手だ。

ところが、この選手のJリーグ登録名はどういうわけか「シュヴィルツォク」である。ポーランド語原音に基づいた無難な日本語表記は「シフィエルチョク」であろう。

確かに外国人の名前をカタカナ化するのは簡単ではないし、一義的に決まるものでもない。誤解に基づく表記が定着してしまうのはよくあることだ。しかしそれにしても「シュヴィルツォク」は問題点が多すぎる。

Świerczok にこの表記を当てた人物の犯した誤りは以下の四つである。

① ś と sz の混同
ポーランド語には日本語のシャ行にあたる子音が2種類ある。それが ś と sz であり、それぞれ /ɕ/, /ʃ/ と発音される。前者は軟子音で口を左右に引き、後者は硬子音で唇を突き出して発音する。後ろに母音がない場合、前者は「シ」、後者は「シュ」と転写されることが普通である。

ヴィルツォク → シヴィルツォク

② w の無声化の見落とし
w は通常 /v/ と発音されるが、無声子音の直前と直後では無声化してしまう。例えば Lewandowski の最初の w は母音に挟まれているため /v/ だが、次の w は直後の無声子音 s の影響で /f/ と発音されるため「レヴァンドフスキ」となる。Świerczok では無声子音 ś の直後にあるから /f/ と発音される。

ュヴィルツォク → シフィルツォク

③ e の無視
第1音節の母音は i ではなく e である。i は母音ではなく軟音記号で、直前の w が軟子音であることを表す。Świe 全体で「シフィェ」のような発音になるが、日本語として不自然なのでここでは「シフィエ」としておこう。

ュヴィ□ルツォク → シフィエルツォク

④ cz と c の混同
c は /t͡s/ と発音される「ツ」の子音に近い音だが、cz は /t͡ʃ/ と発音されるチャ行に近い音である。

ュヴィ□ルツォク → シフィエルチョク

ちなみに、個人名 Jakub の b は語末で無声化し /p/ と発音されるので、合わせて「ヤクプ・シフィエルチョク」となる、べきであった。

推測するに、この表記を考えた人物にはドイツ語の知識があったのだろう。「シュヴィ」で始まる言葉が多いのも、ie と書いて「イ」と読むことがあるのも、c と z が「ツ」の音になるのもドイツ語の特徴だ。しかしポーランド語とドイツ語は別物であり、わざわざドイツ語風にする理由も見当たらない。

では原音よりも日本人に読みやすい発音になったのかというと、「ヴィ」だの「ツォ」だの日本語としては読みづらい要素だけが増えている。

とにかくいいことが一つもない表記、それが「シュヴィルツォク」なのである。

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