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「下痢はとうとうその日も止まらず、汽車に乗ってからもまだ続いていた」

小説のラストの一文。これが何の小説がわかる人はえらいなあ。映画でほんのり覚えているという人もいるかしらんけど、京マチ子か佐久間良子が東海道線のトイレに駆け込むのんは見たないやろ。

私も昔読んだはずだが記憶に残っていたのは平安神宮の花見。岐阜の蛍狩、雪子の繰り返す破談と失敗した見合いの相手の一人が医者崩れの製薬会社常務だったことぐらい。

初読から30年経って「細雪」に触れた。冬は自転車のレースの季節で長距離ドライブが増えるから去年はオーディブルで谷崎の「痴人の愛」を聞いた。今年はその流れで「細雪」再読、いや最聴。31時間の長編だ。信太山のレースの帰りに聴き終えたところだ。

軍靴の響きが聞こえ始める中、婿養子をもらい東京に移った鶴子、その下の芦屋の幸子、三十路行き遅れ雪子、そして下のモガで不品行の妙子。滅びゆく旧商家の四人の「神々」。

美貌の四姉妹という設定や、題名から浪漫を期待するが下痢は一度ではない。妙子はサバ鮨からの赤痢で死にかける。中耳炎から足を切断される男、グロい死産。お嬢様達が見る映画ではこんなの出来そうもないぞ。

見合いや仲人が死語になった今では源氏物語と同じぐらい昔むかし。見合いの不成功の理由も相手の母親が遺伝性精神病?今だったらアウト。不品行を繰り返すモダンガール妙子が私には一番魅力的に思えるが姉達にとっては最悪の妹。一方雪子は静かすぎて人前では口もほとんど開けない。今でいうコミュ障。不良品を売りに出しているんだよね。なぜか最後にやっと雪子を少しまともに話ができる女に成長させて貴族の庶子との結婚が決まる。それを喜ぶ旧家を馬鹿にしたような下痢。しかも日米開戦の直前だぜ。意地悪だよ全く。

戦中は出版禁止を喰らうのも当然。時局にふさわしくないよ。

とはいえ、私にとってこの本を読む=聞く意義はあった。一つは関西の地名の発見。昔はピンとくる地名は少なかったけど関西に住んで17年になる。今では「細雪」に出てくる地名や店の名前がピンとくる。今も朝日新聞社のビルにあるアラスカに行ってみよか。一方奈良ホテルは南京虫が出るコキおろしている。今だと営業妨害だろうが、しかし雰囲気から想像できるのでこれも面白い。帝国ホテルも出てくるが、これはフランク・ロイド・ライトの時代だね。

そして、陰影礼賛を書いた谷崎である。夕暮れから漆黒に至る岐阜大垣の田園風景の中の蛍狩の記述はこの本の中で一番好き。ここは30年前の感想と変わらない。

次は豊饒の海を読み直そうか?これも神々の黄昏。

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