見出し画像

<兄の話:22杯目>娑婆の空気

建国記念日の前日に兄の病室に顔を出すと、ナースステーションから追ってきた事務員さんに声を掛けられた。
最近担当医師が替わったので病状説明を受けて欲しい。
病室呼んだので待っててくださいとの事だった。
以前の担当医師は割と話しやすく優しい人だったので少しショックだった。
わたしは小心者故に、話し辛い人だと気後れしてしまい色々聞けない。
感じの良い先生がいいなあと思いながら待っていると、現れたのはわたしよりも若そうな医師だった。
“いや、年齢が若くてもコトー先生みたいな人なら“と一瞬思ったが、話し出した辺りで“患者が医師を選ぶとは傲慢でした。“と気落ちが混じった自己反省をした。
一方的にまくし立てる様に話し、新しい担当医師は早々にどこかに行ってしまった。
病状説明というよりも、物語のあらすじの様にこれまでの事を大まかに説明されただけだった。
うん、全部知ってるわ。
忙しいから引き継ぎもそこそこなんだろう。
患者さんも沢山いて大変なんだろう。
そう思うより他ない。
帰り際、再びナースステーションで事務員さんに引き留められ、水曜日にリハビリ専門の病院に兄を連れて行ってくれと言われた。
もう10時に予約してあるそうだ。
明後日?平日だよね。。わたし働いてますよ。
職場に話して融通してもらえるだろが、事前に何の連絡もなかったので驚いた。
わたしが無理だと言ったらどうするつもりだったのか。
事務員さんと話していると先程の担当医師が通りかかり、「うちは誤嚥のリハビリ見れる人がいないので受診して来てください」と言われ、続けて退院して外から明後日行くリハビリ病院に通院してもらいたいとの病院の意向も聞かされた。
それさっき言うことだろ。
文句を言いたくなったがあまり騒ぐのも嫌なので、精一杯嫌みのつもりで『急ですね~、予約はいつ取ってくださったんですか』と聞いてみた。
担当医師から「昨日ですね」と言う返事を聞いて、だったら昨日電話しろやーーー!と心の中で叫んだ。
病院も大変でしょう、別に一から十まで手厚く扱って欲しいなんて思わないよ。
毎回約束して懇切丁寧に説明聞かせてとも言わないよ。
でもさ、せめて予約取ってくれたのなら教えてくれても。。
兄にわたしに伝えてと言うとかさ。。
モヤモヤした気持ちで、兄に対してといい、病院に対しても自分の方が驕っているのかなと自問自答しながら病院を後にした。

建国記念日の翌日、最寄り駅で一旦タクシーに乗りD病院に乗り付けた。
待っていてもらい、兄をピックアップして某リハビリ病院で下車する算段だ。
昨日ユニクロで買った外出着に着替えた兄とタクシーに再び乗り込み、20分程で目的地に到着した。
某リハビリ病院は兄の入院先と同じくらいの規模の病院だった。
受付を済ませ30分程待ち、兄に順番が回って来た。
わたしは一緒に入らずに待合室でぼ~っと病院内を眺めて待った。
某リハビリ病院は入院も出来るらしく、朝から何組か入院案内を受けている人達がいた。
誤嚥が解決すれば、また次の悩みが出てくるだろが、このままここに転院できたら、今直面している問題は解決するよなあと考えていた。
兄が診察室から出て来たので一緒に受付に戻り、配車を頼んだタクシーを待った。
兄の表情は暗く、わたしからどうだったと聞かないでおいた。

タクシーが到着したので乗車し、行き先をD病院近くのK駅でお願いした。
今日は外来受診が目的だったが、せっかくなのでとメガネの修理に寄り道することにしたのだ。
兄が搬送時にかけていたメガネは、転倒したせいか痩せたせいか、掛け辛くなってしまっていた。
K駅にメガネを購入した店舗があり、久しぶりに外の空気を楽しんでもらおうと考えていた。
入院が昨年9月なので約5ヶ月ぶりの娑婆だ。
ところが、駅周辺に所狭しと並ぶ飲食店の事にまで考えが及ばなかった。
目を逸らした先も飲食店、わたしでも誘惑される食べ物の匂い。
兄は下を向いて歩いていた。
拷問だろう。
何て所に連れ出して来てしまったんだろう。
もう少し離れても、もっと賑わいの少ない場所にするべきだった。
もう来てしまったのだから仕方がないと思い直し、メガネ屋に寄って、逃げる様に病院へ戻った。

病室まで一緒に戻り着替えを手伝っていると、兄がリハビリ病院の診察について話し出した。
リハビリを頑張っても誤嚥が治る可能性はかなり低いと言われたそうだ。
この世の終わりを形容する様な言葉を並べる兄に、100%治らないと言っていないのだから、とにかくリハビリを頑張ろう。
そう励ますしかなかった。

しかし、リハビリを頑張ろうと言っても、今入院しているD病院ではリハビリは受けられない。
この日は特例的に受診させてもらっただけだ。
病院側の意向の通り、今後某リハビリ病院で受診する為には退院しないといけない。
ただ、他のリハビリ病院でもいい訳だし、転院でも構わないのだと思われ、他のリハビリ病院にするのなら誤嚥以外はD病院でなくてもいい様な気もする。
以前の担当医師の時はリハビリをメインで転院先を探してくれたのだが、今程回復していない状況だったので痰の吸引(医療行為)を理由に全て断られていた。
担当医師が変わり、兄の病状も変わった今、転院先を探しているという話はまったく聞いていないし、以前対応してくれたD病院唯一のソーシャルワーカーさんが辞めてしまったことも、理由の一つだと勝手に考えている。

いずれにしてもD病院を今すぐは退院できないし、福祉の方との兼ね合いもあり、今週木曜日に3者で面談し今後の方向性を決めて行く予定である。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?