いもうと

アラサーOLがアルコール依存症になった兄のことをちまちまと書いているnoteです。

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最近の記事

<兄の話:24杯目>天上のゼリー

兄がたべるこのひとわんのゼリーにわたしはいまこころからいのる 宮沢賢治好きです。 遠くに兄が行ってしまうわけではないのだが、今日昼頃に喉の調子が良いという事で昼食にゼリーを食したとLINEが入った。 入院してから初の固形食だ。 ”嬉しくて嬉しくてLINEしたよ”、ゼリーの写真にそんなメッセージも添えられていた。 わたしもとても嬉しく、兄のメッセージに興奮気味に返信した。 意識が回復してから食べ物が食べられない、喉の渇きを感じても好きなように水も飲めない状況に絶望していた兄

    • <兄の話:23杯目> その後のコルサコフ

      覚え書きという名の補足。 20杯目で書いた様に、医師から若干ではあるがコルサコフの症状が認められると聞かされた。 その後、見舞いで訪れた際に兄に話を聞くと、いかにも妄想の様な話は聞かないし、以前した会話を忘れている様子もみられない。 そもそも”コルサコフの症状が認められる”と言った医師は呼吸器内科が専門だ。 精神科のコンサルを受けた上での話なのかもハッキリ聞いていなかった。 わたしの話から推測で言っただけかもしれない。。 という事を、木曜日の面談について考えている際にふと

      • <兄の話:22杯目>娑婆の空気

        建国記念日の前日に兄の病室に顔を出すと、ナースステーションから追ってきた事務員さんに声を掛けられた。 最近担当医師が替わったので病状説明を受けて欲しい。 病室呼んだので待っててくださいとの事だった。 以前の担当医師は割と話しやすく優しい人だったので少しショックだった。 わたしは小心者故に、話し辛い人だと気後れしてしまい色々聞けない。 感じの良い先生がいいなあと思いながら待っていると、現れたのはわたしよりも若そうな医師だった。 “いや、年齢が若くてもコトー先生みたいな人なら“と

        • <兄の話:21杯目>謎の回復力

          年末に兄の携帯代金を払いに行った所、支払いが遅れてしまったせいか強制解約になっていた。 そもそも声が出せない為、解約しようと思っていたので丁度良かったのかもしれない。 ただ、わたしが代理で解約するに辺り取り寄せた戸籍謄本は無駄になってしまった。 兄は意識障害が回復した代わりに、毎日ただ時間が過ぎるのを待つように過ごしている。 携帯もなく、テレビしか娯楽がない状態だった。 (携帯は料金の問題の前にiPhone自体がロックされ使えない状況だった) メールも出来ず、病院の公衆電話

        <兄の話:24杯目>天上のゼリー

          <兄の話:20杯目>憂鬱なクリスマス

          またまた間が空きました(_ _) 2月中旬現在、状況が色々と変わっていますが順を追ってnotoを投稿していこうと思います。 --------------------------------------------------------- 前回のnoteに書いた通り、兄は文字ボードを使って会話ができる様になった。 さらにその後、見舞いに訪れると今度は筆談ができる様になっていた。 たどだどしく文字を指していた兄の指は、拙さが残るものの今は文字を書いている。 担当医師に”これ以上

          <兄の話:20杯目>憂鬱なクリスマス

          <兄の話:19杯目>これ以上の回復は見込めない?

          1ヶ月以上空いてしまいました。。 読者が待っている!とかではなく、記録として細目に更新したかったのに、仕事が忙しく疎かになってしまいました。 仕事は忙しかったものの、病院へは週に2回程足を運んでおり、少し進捗がありました。 どなたかの暇つぶしにでもなれば幸いです。 ---------------------------------------------------------------------------------- カニューレを入れる為の手術の後、見舞いに行っても

          <兄の話:19杯目>これ以上の回復は見込めない?

          <兄の話:18杯目>せん妄は続くよ、どこまでも

          【せん妄とは】意識混濁に加えて奇妙で脅迫的な思考や幻覚や錯覚が見られるような状態】by Wikipedia 兄が病院に搬送されてから1か月、呼吸器内科に異動して1週間が過ぎた。 いつ見舞いに行っても会話は殆ど成立しないし、未だに何を言っているのか聞き取れる時はたまにしかない。 所謂せん妄状態がずっと続いている。 前の病棟の担当医師が言う。 アルコール離脱時の振戦せん妄は抜けています。 では今も幻覚幻聴があるのは何故なのだろう。 今の病棟の担当医師が言う。 首周りの筋肉が緊

          <兄の話:18杯目>せん妄は続くよ、どこまでも

          <兄の話:17杯目>気管切開、カニューレ入ります

          昨日は兄の手術だった。 気管を切開し、カニューレを挿入する1時間程度の手術だ。 病室に戻って来た兄の胸は、手術が無事終わった事を告げる様に上下に大きく動いていた。 兄は肺炎にかかり、熱が下がったり上がったりした状態が続いていた。 病棟が移る前の担当医からは誤嚥で菌が入った事が原因だろうと聞かされていたのだが、今度の病棟の担当医師からは足の傷から破傷風菌が入った事が原因だろうと聞かされた。 確かに兄の足には無数の傷がある。 体力が落ちていることも手伝って、そのほとんどは治りき

          <兄の話:17杯目>気管切開、カニューレ入ります

          <兄の話:16杯目>退去に向けて、その他

          1日遅れたものの、今日は兄の部屋を管理している不動産会社に電話をした。 わたしが調べた時に分かった電話番号は繋がらなかったが、兄の部屋で見つけた最近の日付の書類に書かれた番号にかけると直ぐに繋がった。 事情を説明し、退去したい事を伝えた。 契約書に書いてある通り、2か月前退去予告で12月23日までは賃料が発生すると言われた。 自分の家賃も支払いながら、10月~12月分の家賃9万円は辛い。 契約書を読むに敷金0礼1の物件の様で、更に清掃費もかかる。 分割でお願いするかもしれない

          <兄の話:16杯目>退去に向けて、その他

          <兄の話:15杯目>この部屋は人が死んでいない

          即位礼正殿の儀という素晴らしい祝日の1日前、兄の家を見に行ってきた。 祝日ではケースワーカーさんにご迷惑がかかるので、有給を使い月曜日にした。 ケースワーカーさんとは9時半に現地集合と約束している。 この日は念の為、カーシェアリングで車を借りて向かった。 約束した時間の少し前に着いたが、ケースワーカーさんも廃棄業者の方も既に到着していた。 お待たせしましたと挨拶し、早速兄の部屋に向かう。 兄の部屋の扉には不動産会社からの書面が挟まっていた。 鍵を開け部屋に上がり、換気の為に

          <兄の話:15杯目>この部屋は人が死んでいない

          <兄の話:14杯目>生活保護の決定

          過去の話が続きましたが、時間を現在に戻します。 12杯目の冒頭でも書いた通り、10月最初の連休最終日に兄の様子を見に行って来た。 熱がまた上がった様で調子が悪そうだった。 担当医師も不在で詳しい病状も聞けないと思い、少しの滞在でこの日は早々に帰宅した。 翌日火曜日、昼頃に生活保護の申請が通ったと福祉事務所から電話を頂いた。 「ありがとうございます」、「ご迷惑をおかけします」の言葉を何度も口にしたと思う。 続けて、ケースワーカさんから病院に係る費用について説明を受けた。 治

          <兄の話:14杯目>生活保護の決定

          <わたしの話>わたしも失踪しまして

          兄がやらかした事、失踪した事を偉そうに書いてきましたが、かくいう私も失踪しておりまして。 東京で兄と再開するに至った経緯をこれから書くにあたり、自分がなぜ東京にいるのかも書いておきたいなと思った次第です。 初任給引き出し事件の会社を3年勤めた後、免許を取ってから転職しようと思い、わたしは実家に戻ることにした。 父は相変わらずで、母が頭を冷やして欲しい的な理由で出て行った為、わたしは父と2人で暮らしながら、アルバイトの傍ら教習所に通い始めた。 当時の父と2人で暮らすなど絶対に

          <わたしの話>わたしも失踪しまして

          <兄の話:13杯目>兄の失踪

          兄の保証人問題がどうなったのか知らないまま、高校を卒業したわたしは就職先の社員寮に引っ越した。 実家と同じ市内だが頻繁に行き来きする距離でもなく、父の威圧感から解放されて毎日楽しく暮らしていた。 寮に入って何週間か経ち、仕事にも慣れ始めた頃に兄から電話があった。 今すぐお金を貸して欲しいと言う内容だった。 まだ給与も出ていないので、アルバイトのお金で用意した数万円しかないと伝えると、1万円でもいい、2万円でもいいと兄が言う。 仕方ないと思い了承すると、今から車で取りに行くと言

          <兄の話:13杯目>兄の失踪

          <兄の話:12杯目>失踪への序章

          台風が去った後の月曜日。 兄の様子を見に行って来た。 水曜日の調子が嘘の様に、また両手を拘束されていた。 熱がぶり返したのか朦朧としており、わたしには見えない何かの話を、聞き取れない言葉で呟き続けていた。 担当医師が不在だった為、この日は詳しいことを何も聞かずに帰宅した。 タイトルの話に戻ります。 兄は教師になりたいと教育大への入学を目指してた。 残念ながら不合格となり浪人生として2年を過ごしたしたのだが、浪人中も予備校に通うと嘘をつき、予備校費をポッケナイナイ。 勉強し

          <兄の話:12杯目>失踪への序章

          <兄の話:11杯目>わたし達が育った環境

          わたし達はMゴロウ王国の所在地でもある某北国で生まれ育った。 父と母が2人で食料品店を始めた頃に兄が生まれ、その5年後にわたしも生まれた。 兄が小学校高学年、わたしが小学校1年の頃、それまで小さなスーパーの中に店を構えていた両親が、遅れてやって来たバブル景気の波に押され、店舗兼自宅を構えた辺りから父に余裕がなくなって来た様に思う。 多分に漏れず、社会に出てから”働いて家族を養う”ことの大変さが身に染みたわけだが、大型スーパーが当たり前になって行く頃に、食料品店を個人で営むのは

          <兄の話:11杯目>わたし達が育った環境

          <兄の話:10杯目>嬉しい1日

          先週土曜日、兄が誤嚥性肺炎にかかり、悪化すれば危ないと説明を受けていたのだが、病院から電話がかかってくることはなかった。 容体が安定しているんだなと思いながらも、不安な気持ちで毎日を過ごしていた。 昨日は仕事が早く終われたので、17時頃に会社を出て病院に向かった。 恐る恐る病室を覗くと、看護師さんが痰の吸収をしているところだった。 こんにちはと挨拶していると、後ろから担当医師に声を掛けられた。 『熱はだいぶ下がってきていて、酸素の量は4Lで安定しています』 説明を聞きながら

          <兄の話:10杯目>嬉しい1日