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【大人も楽しめる童話】人は2回生まれる?

あぁ,まだこの暖かいお腹の中にいたいなぁ。
でももう出て行かないといけない気がするの。
だってお腹の壁に
ぎゅうぎゅう押されている気がするし,
もう私は大きくなりすぎて,
ここはちょっと,きゅうくつなんだもの…。

まりかちゃんは,ママのお腹の中で思いました。
”まりか”という名前は,
お腹の中の赤ちゃんが女の子だとわかってから,
パパとママがつけてくれた名前です。
生まれる前から決まっているようです。

まりかちゃんは,本当は”ありさ”という名前が
よかったのだけど,
”まりか”がママのお気に入りの名前だったようで,
お腹の子が女の子だとわかった時に
決まってしまいました。

しょうがないわよね,
名前は自分で決められないもの…。

まりかちゃんは”まりか”として
生きていく覚悟を決めました。
そして,思い切って身体をねじり、
ママのお腹を蹴ってみました。

ママが「生まれそう」と言って,
パパに慌てて電話をかけているわ。
ママと過ごした9か月と2週間。
予定日を過ぎても私が出て行かないから,
心配していたみたいだけど,
待っててね,ママ。もうすぐ会えるわ!

ママのお腹を押されたり,
自分でぐるぐるまわったりして,
私はなんとか頭を外に出せた。
でもなんて寒いの! 
みんなはこんなに寒いところで生活しているの? 
あっ,何? 痛いっ! 
青い服を着たお医者さんたちが,
何か痛いもので私の頭を挟んで,
引っ張り出そうとしているわ。
やめて! 自分でできるのに!

私はようやく外に出て,
ぬるぬるした身体を
看護師さんに洗ってもらった。
ふぅ,スッキリ。
でもその前に何をされたと思う? 
なかなか泣かないからって,
お医者さんにお尻をひっぱたかれたのよ。
すごい仕打ちだと思わない? 
何てことなの,この世に出て
最初にされたのが,
こんなに侮辱的な行為だなんて! 
なんだか嫌な予感。
ここではこんな扱いを受け続けるのかしら? 
だからずっとママのお腹の中にいたかったのよ。
あら,ママは? 
せっかく頑張って出てきたのに,
ママには会わせてもらえないの? 
私はどこへ連れて来られたの? 

そのうち看護師さんが
白い布で私をくるんでくれた。
これで少し暖かくなったわ。
でも,ちょっとこの白いの,ダサくない? 
私には似合わないみたいだけど…。
もっとかわいい洋服ないのかしら? 
あら,今度は私をどこへ連れて行くの?

あ,ママだ! 
お腹の中で聞いていたママの声から,
想像していた通りの優しい感じの人! 
パパもいるわ! 予想よりイケメン! 
看護師さんがママに私をそっと渡して,
私はとうとうママに抱かれたわ。
あぁ,なんていい気持ち。
とっても安心できる,
ふんわりとした幸せな感じ…。
ママは少し涙ぐんでいるみたい。
とても疲れているみたいだけど,
ママも嬉しそう。
うふふ,頑張って出て来てよかった。
さっきの嫌な予感,取り消すわ。

でも結局,私はほとんどの時間,
赤ちゃんばっかりの部屋に
いなきゃならないのよね。
新生児室って言うみたい。
なんでずっとママといられないのかしら? 
ほかの赤ちゃんたちも,みんなそう思ってる。
あ,今,隣の赤ちゃんと目があった。

…ふぅん,そうなんだ。
隣の赤ちゃんは,
予定より2週間早く生まれたんだって。
ママに早く会いたかったから,だって。
私だって早く会いたかったけど,
私はママのお腹の中に長居しちゃった。
だってとっても安心で,
気持ちよかったんだもん。

こっち側のお隣の子は,いつも寝てる。
ママのお腹の中でもずっと寝てたから,
動かないって心配されてたんだって。

そういえば,ほかの赤ちゃんとは、
こうして表情や泣き声だけで思いを伝えられる。
私も相手に思いをそのまま投げるようにして,
伝えることができる。
でもママやパパとはこれができない。
なんでだろう? 不便よね。

私は病院で5日間を過ごし,
今日,お家に帰るみたい。
おじいちゃんとおばあちゃん,
そして私のお姉ちゃんが迎えに来てるの。
これからはずっとママとパパと一緒! 
もう赤ちゃんだけのお部屋に
連れて行かれなくて済むわ。
嬉しい!

家に着くと,大きな犬が飛び出してきた。
最初,ちょっと怖かったけど,
すぐに仲よしになった。
ゴールデンリトリバーのゼスト,とっても賢い。
彼は私が思っていることがわかるみたい。
今のところ,この家で私と会話ができるのは,
このゼストだけなの。

お姉ちゃんは私のことがかわいいみたいで,
時々私を抱っこしたがるんだけど,
なんだか落っことされそうで怖くて…。
この前は,あまりにかわいいからって,
ぎゅうっと抱きしめられすぎて,
私,息苦しくなって大泣きしちゃったんだけど,
お姉ちゃん,すごく困った顔してたな。

お姉ちゃんは,私のことを好きみたいだけど,
時々嫌われているんじゃないかって
思うこともあるんだ。
だって私がママのおっぱいを飲んでいる間,
私の足をひっぱったり,
靴下を脱がしたりするんだもん。
私がママと一緒にいる時間が長いから、
やきもちを妬いているのかしら? 

そういえば,時々寂しそうにしているな…。
私が服を着替えさせてもらっている時とか,
抱っこしてもらっている時とか,
ママにまとわりついては「ちょっと待っててね」
「あとでね」って言われて,すねてる感じ…。
私,明日からお昼寝の時間を少し長くして,
ママとお姉ちゃんの時間もつくってあげよう。
そうしよう!

ハッ,もう夜ね。辺りが暗いわ。
私,少し寝ちゃったみたい。
あら,お姉ちゃんが玄関に走って行く。
何があるの? 誰が来たの? 
あ,パパが帰って来たのね! お帰りなさい! 
私も行きたいけど,まだ歩けない…。
え,何なに? みんな,何を喜んでるの? 
えっ,おみやげにケーキを買って来てくれたの? 
わぁい,私,いちごのショートケーキがいいな。
ある? 
栗のタルトでもいいんだけど…,
チョコはちょっと苦手…。
早く私にも見せて! 
ちょっと,私を忘れてはいませんか? 
ベビーベッドの中に一人ぼっち。
みんなで盛り上がってないで,
私も仲間に入れてよぉ!

あ,ゼスト,ちょうどよかった。
私をみんなのところに連れて行ってくれる? 
ちょっと! 
ゼストまで素通りして行っちゃった! 
なんてこと! 
もうこんな意思表示のできない生活,イヤ! 
早く自己主張だってしたいし,自由に動きたい! 
しょうがないから泣くしかないわね。
わぁ~~~ん!!! 

やっと私の存在に気付いたわね。
ママが抱っこしに来てくれたわ。
イヤね,おむつなんて濡れてないわよ。
ケーキが食べたいだけよ! 何ですって? 
「まりかちゃんには,
まだ早いでちゅよ」ですって?
なんてこと! ケーキは大好物なのよ! 
歯なんてなくたって大丈夫よ! 
ミルクだけの生活なんて飽きたわよ。
…うう,おいしそうに食べるのね,
お姉ちゃん…。
もうイヤ,信じられない,
こんな生き地獄みたいな生活! 
早く自由になりたい!

ふふ,あれからだいぶ経って,
私はようやく歩けるようになったのよ。
まだよたよたしているけどね。
スタスタ歩けないのがもどかしいけれど,
だいぶ自由になったわ。

時々,ゼストの背中に乗せてもらうの。
ゼストはだんだん私が重くなってきたからって,
嫌がっているけど。

速く歩けないからって,
出掛ける時はまだ
ベビーカーに乗せられちゃうんだけど,
これはこれでラクよ。
寝ている間に目的地まで
運んでもらえるんだから。
まぁ,でもまだ私に目的はないけどね。
だいたいママの用事について行くだけだし。

それと,泣くだけじゃなくて、
最近は少ししゃべれるようになったのよ。
まだ語彙は少ないけどね。
不思議ね,頭ではこんな風に
大人みたいに考えられるのに,
口から出るのは赤ちゃん言葉なのよ! 
もどかしいったらないわ。
身体も口も,言うこと聞かないのよね。
年相応になるまで,しょうがないのね。
まぁ,がまんするしかないわね。

赤ちゃん言葉といえば,
赤ちゃん同士やゼストとは
言葉に出さなくても会話できるし,
時々お庭に遊びに来るお隣のネコとも,
だまったまま話せる。
それから,花や風とも
思いだけでお話しできるのに,
相変わらず赤ちゃん以外の人間とは,
言葉にして言わないといけないのよね。
面倒くさいわね。

そういえば最近,
ちょうちょやとんぼに話しかけても無視されて,
お話できないことがあるけど…,
どういうことなのかしら? 
まさか,だんだん
思いだけで話すことができなくなるとか? 
そんな不便なこと! 
人間の言葉を覚えるたびに,
思いで通じ合える術を忘れていくってこと? 
もしそうなら人間の言葉を覚えるのも
躊躇しちゃうわ。
だって困る! 
周りの生き物は,
生まれた時からみんな友達だったのに,
どうしよう…,考え過ぎよね。
だってまだゼストとは話せるし,
お花もちゃんと返事してくれるし…。
たまたま,ちょうちょやとんぼは,
私の心の声が聞こえなかっただけよ,
きっとそうよね…。

だんだん思いだけで話せなくなってきたこと,
悩んでいたけれど,最近ではもうゼストや
お花とも会話ができなくなったの。
実は最近,ママのお腹にいた頃のことも,
ところどころしか
思い出せなくなってきちゃった…。
今,私はたった2歳半よ。
この若さで痴呆が始まったってこと? 
まさか! じゃあ,何? 
私は一通り言葉が話せるようになって,
今では誰とでも会話ができるけれど,
やっぱりそれが原因なの? 

最近,同じくらいの年齢の,
幼児の友達もできたのよね,私。
もちろん,言葉を使って話すのよ。
昔はベビーカーでどこかに行く時,
同じように赤ちゃんを連れた人と
ママが話していたりすると,
私とその赤ちゃんは表情で会話していた。
でも最近,それができないのよ。
幼児同士は言葉を介さないと,
思いを伝えられないみたいなの。
もう,諦めないとだめね。
これからは,もどかしいけれど
言葉を使っていくわ。

パパが早く帰って来てくれた。
ママがケーキを買って,
ろうそくを3本立ててくれたわ。
おじいちゃんもおばあちゃんも来てくれた。
そう,私,今日で3歳になったの。
おばあちゃんとおじいちゃんが,
うさぎのぬいぐるみをくれたわ。
かわいい,ピンクのうさぎ! 
ふわふわしてる。
お姉ちゃんがうらやましがってる。
あら,おじいちゃんとおばあちゃん,
あまいのね。
お姉ちゃんにもぬいぐるみをあげたわ。
今日は私の誕生日なのに。
でもいっか,お姉ちゃんも喜んでるし。

「大きくなったねぇ」
「生まれた時は,こんなに小さくて,
 真っ赤な顔で泣いていたのにねぇ」
おじいちゃんとおばあちゃんが,
思い出話をしているわ。
私は聞こえないふりで,
ケーキを頬張っているけどね。

私,とうとうママのお腹にいた頃のことや,
生まれた時のこと,
全然思い出せなくなっちゃった。
きっと赤ちゃん時代が終わったのね。
でももう言葉をしゃべることは問題なくできる。
普通に誰とでも会話できるもの。
だから心で話す能力を完全に失った,
というわけね,きっと…。

私は今,とても中途半端な存在だと感じるわ。
赤ちゃんの能力を失った人間としては,
一番幼い幼児期を生きている。
やっと意思表示できるようになったし,
自由に歩けるようにもなった。
でももう,寝ていても運んでもらえる
あの心地よい生活には戻れないし,
これから過酷な人生を
生きていかなければいけないって感じ。
でもそういうことを考える時間も,
最近は少なくなってきているの。
ママのお腹から生まれた時は,
意識はこのままだったから,
身体だけが生まれた感覚だったけれど,
今は意識が生まれていく感じ。
すべての記憶を失って,
2度目に生まれている感じなの。
うまく説明できないけど,なんとなく心細い。

でもきっと大丈夫ね。
大人になるまでまだ何年もあるし,
優しいパパやママ,
おじいちゃんとおばあちゃん,
そしてお姉ちゃんもいるし。
私,きっと,うまくやれるわよね…。

赤ちゃん時代に,大人の意識で考えていた
まりかちゃんの記憶は,
3歳の誕生日で完全に消えてしまいました。
そこからは,皆さんと一緒です。
生まれる前や赤ちゃんの頃に,
大人の意識でモノを考えていたなんて
忘れてしまっている私たちと同じように,
まりかちゃんも生き始めたのでした。
(終)

©2023 alice hanasaki

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