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Aの物語②「N1だって合格できるんだよ」

私が出会ったネパール出身の日本語学習者Aについて、綴っています。
今回は第2話です。
日本の生活で彼が感動の体験をしてから、どんな道のりが待っているのでしょうか!!

第1話はこちら↓↓

「将来なりたいもの」「やりたいこと」がはっきり決まっていることもあり、また早い段階で「積極的に日本語を話す」「積極的に社会と関わる」という感覚を経験したこともあってか彼の日本語の習得は非常に早かった。
日本語学校で初級から学習を始めて1年でN2を習得した。

そんな彼にも突然の「漢字イヤイヤ期」がやってくる。
N2を習得する少し前に、漢字を書くのをとにかく避け、漢字に関わる授業は一切参加しない、という時期がやってきた。
突然の変貌に周りも驚いた。

私はこの話を後になって聞いたので、彼に何があったのかはよくわからない。
「漢字が嫌だ」というのではなく、別のところに理由があったのではないかと思っている。
今度会ったら、聞いてみようと思う。

しかし、そんなスランプも乗り越え、日本語学校を卒業する前にはN1を習得した。

その頃、私の勤務している学校で非漢字圏の学生がストレートにN1に合格するのは稀だったが、彼は小さな声で私に「たくさんがんばればN1も誰だって合格できるよ」と得意そうに言った。

自分が「たくさんがんばった」と言える人は、血のにじむような努力の「向こう側」にいる人だ。
何気なく「がんばった」と言っているが、本人はどれだけ時間や労力を費やしたのだろうと思う。
誰もができることではないと思う。

そんな彼が大学へ進学した4月。メッセージが送られてきた。

「先生!もうダメだよ!大学の勉強全然わかんないし、これじゃ落第しちゃう!もうネパールに帰るしかない!」

驚きのメッセージだった。
「がんばればN1だって合格できるよ」と言っていた彼が、大学に入って僅かでくじけそうになっていた。

彼が進学した大学の理工学部は、留学生への個別のサポートは手厚いが、外国人の数はそこまで多くない。
当然だが日本語が母語である学生と一緒に授業を受けるのだ。日本語を補う授業などはない。
大学側も、彼が既にN1にも合格している学生ということで、日本語面についてはあまり気にかけていなかったのかもしれない。

「専門的な言葉が全然わからない」

そのことが引き金になり、全てに怖気づいてしまったらしい。
周りに同郷の人もいないし、東京とは違った環境での新しい生活に戸惑ってしまったこともある。

「TAや先生は「大丈夫」って言ってるけど、全然大丈夫じゃないと思う!」

色々話を聞いてみると、彼は「日本人と同じ言語能力を持って授業を受けられていないこと」に不安を感じていたのだ。
そして「外国人だし、日本語も完璧じゃないからわからなくてもいいや」とは一切思っていないのだ。
だから、周りに「今は完璧に理解できなくても大丈夫」と言われても、本人としては全く大丈夫ではないのだ。

そうは言っても、日々の講義は進んでいく。
彼の大学の先生やTAの方々が彼にアドバイスをしたのが、彼の得意分野でもある数学の単位を頑張ること。
そしてサークルに参加してみては、というアドバイス。

彼が2か月後に送ってきたメッセージには
「先生!数学で学年一番だった!!」
「〇〇サークルに入って、いろんな先輩と仲良くなった!」
というものだった。

「もう大丈夫!」

そこから半年ほど、彼からの連絡はなくなる。
「返事がないのは元気な頼り」
本当にその通りである。


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