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クリント・イーストウッド ミリオンダラー・ベイビー

随分前の映画だが、Amazon Primeでクリント・イーストウッドのミリオンダラー・ベイビーを初めて見た。

女子ボクシングの話と言うのは知っていたが、後半は自己呼吸も出来ず全身不随となった、ヒラリー・スワンク演ずるマギーの尊厳死を扱っている。こんな話だったとは知らなかったが…、見ながら、普通のアメリカ映画とはちょっと一線を画している、と感じた。

ウィキペディアを見ると、撮影コストも期間も中規模(3000万ドルで…?)の割に、興行収入は全世界で2億ドルを超えたようで、アカデミー賞の主要部門も取っているし、興行的には成功した作品と見なされる。が、事故により障害を持った人間の尊厳死を扱ったと言うことで、大論争も引き起こし、ボイコットも受けたりしたらしい。

それはそうだろうな、と思う。私も見終わって、かなり重い気分になった。全然ハッピーエンドじゃ無いし、映画を見た観客が映画館を後にするとき、誰もが重苦しい、微妙な表情で出てきたと思う。当時の予告編などを見てから行けば、後半にこう言う話が出てくると言う、最低限の予備知識を持って行けただろうから、私ほどの愕然感は無かったように思うけども、にしても、結果的には悲劇に終わるだけに、誰もが何かを考えながら見終えたように思う。

マギーはクリント・イーストウッド演ずるフランキーや、モーガン・フリーマン演ずるエディと出会うことで、それまでの不幸な境遇から、ボクシングを通じて、短期間ながら充実した日々を送ることになる。この期間だけがマギーの人生で恐らく輝いていた時期であり、この時期をないがしろにするような「マギーの人生、結局真っ暗」と言う捉え方は、すべきでは無い。

もう一つ、マギーの生い立ちについてはエディのナレーションで、映画の最初の方で解説がされている。マギーは白人だが、ミズーリ州のオザーク台地にある、セオドシア出身である。と言っても全然分からんが、米国内に存在する貧民街の一つのようだ。

米国の貧民街は、例えば「パトリックと本を読む」などで窺い知れるが、先進国とは思えないほどの荒廃した地域であり、貧しいながら温かい愛情に溢れた家庭、と言うのも存在しにくい。これはハリーポッターの作者である、JKローリング(この人はイギリス人だが)が、ハーバードの卒業式で卒業生に送ったスピーチにて、明言している。

Poverty entails fear, and stress, and sometimes depression; it means a thousand petty humiliations and hardships. Climbing out of poverty by your own efforts, that is indeed something on which to pride yourself, but poverty itself is romanticised only by fools.

What I feared most for myself at your age was not poverty, but failure.

太字にしたところ、貧困を美化するなんてのは馬鹿げたことだ、みたいな感じかと思うが、さらに直訳した方がダイレクトに彼女の考えが分かるような気がする(直訳なだけに)。貧困を美化するのはFoolだけである。このFoolはバカとかアホではあるが、それよりここだけは意訳で「無知な奴」が適切かと思う。貧困がどんなに厳しいものかを知らないバカだけが、余裕かまして言ってる、みたいな。今は大金持ちになったJKローリング自身が困窮した時期があり、その苦しい時期のことを痛烈に覚えているから、このようなことが言えるのだと思う。humiliationとかhardshipとかの単語を見れば、本当に辛い感情に包まれていても、崇高な精神で清貧に過ごす、なんてことは不可能じゃ無いが、大概の人たちが出来ないことだと思う。

作品に戻るが、マギー自身は素直で良い性格で、実力を備えていってもフランキーの指導に全面的な信頼を置き、着実に成長しているし、健気にミズーリの実家のために働いている。一方、マギーの母親や兄弟は精神的にも破綻しており、簡単に言えば全員がどうしようも無いクソ揃いである。しかし、経済的な余裕が無く、「清貧」などと余裕をかました感情を持つことなんてのはやっぱり困難だ。この層の人たちは、殆どが一生浮かばれること無く、麻薬で気を紛らしつつ、生活保護などで生きていくことになると思う。そんな層がアメリカンドリームを実現する一つとしてのボクシングがあり、イーストウッド自身はアメリカンドリーム観を描いた、と言っているが、見る側としては米国の貧困層の現実がよく見えたところかと思う。全世界で2億ドル以上の興行収入を得た中で、半分弱の1億は米国内からの収入である。何千万人の米国人が見たのかは分からないが、彼らはこの境遇を見て、自国の現実をどう感じたのかな、と興味が湧く思いはあった。

「良い映画」とはどんな映画なのかは、私は一概には未だによく分からないが、観客に色々と考えさせることを提示する映画は、良い映画の一つかと思う。ミリオンダラー・ベイビーは、その意味でも良い映画だったと思う。他にも良いところはあったと思うが、私はこの点がこの映画では一番良かったように思う。

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