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2分50秒小説『しゅっ!しゅっ!あんっ♡』

「どうして別れたの?」
「まぁ、色々あってね……好きだったんだけど」
「何かあったの?」
「うん……ちょっとね」
「ちょっと――何?」
「”感情移入し過ぎる人”だったの、彼」
「感情移入?つまり、映画とかの登場人物になりきって泣いちゃうとか?」
「そんな生易しいもんじゃない」
「そうなの?」
「初めてのデート、ボクシング観に行ったの二人で、私、学生時代ボクシング部のマネージャーやってたの知ってるよね?その話したら彼が、『じゃあ、一緒に試合、見に行きませんか』って」
「いいじゃない」
「最後まで聞いて。ボクシング観てたらね。変な音がするの。空気が漏れているような」
「へー、何の音?」
「3R目で気が付いたわ。応援している選手が、パンチを出すたびにね。彼の口から『しゅっ!しゅっ!』って音が漏れてた」
「それ、ちょっと嫌かも」
「でしょ?ジャブの時は小さい『しゅ』、ストレートの時は力強い『しゅっ!』、気になっちゃって試合に集中できない。そのうち彼、中腰になって、上半身を揺らしながら、『しゅっ!しゅっ!』って、パンチ打ち始めて、8R目に応援していた選手が倒された時に――」
「うん?」
「気絶しちゃったの」
「えー!」
「ドクターが駆け付けてくれて、彼を介抱してしてくれた。『すいません。ちょっと興奮しすぎちゃって』って彼、笑ってたけど、ちょっとこの人変だなって」
「私ならその時点で、ないわ」
「まぁね。でも、その後バーに連れて行ってくれて、色々とお話していると、私の話を親身になって聞いてくれて、優しいし、笑顔が素敵だし、凄く良い人だなって――彼、自分のこと病気だって打ち明けてくれた。HSP(Highly Sensitive Person)っていう、感情移入し過ぎる病気なんだって、だから生きづらさを感じてるって」
「話が変わってきたわね」
「お付き合いすることになったの。なんとなく私なら、彼を支えれるんじゃないかって、その時は思った。一緒に色んな所に行った――色んなことがあったわ。青信号になっても進まない車を見て、彼が『ぷっぷっー』って叫んだ。ふざけてるんじゃなくて、反射的に。後列の車に感情移入しちゃったの。動物園に行った時、アリクイが蟻を食べるのを見て、顔を顰めて何度も唾を吐き出した。築地でマグロを捌いてるのを見て、聞いたことのない声で絶叫した――マグロの断末魔の声、聞いたことある?」
「ない」
「私はある。辛いこと、苦しいこと、いっぱいあった。でも楽しいこと、嬉しいこともいっぱいあった。何より、私の身に起こることすべてを自分自身のことのように感じてくれることが、嬉しかった。そして初めての夜――」
「うん」
「肩を抱いて優しくベッドへと誘ってくれた。そしてキスをして、彼の指先が、私の胸に触れた。その瞬間、彼、『あんっ♡』って」
「え?」
「その後のことは察して」

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