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1分30秒小説『mantis&larva』

  ぎぎぎと首が鳴る。三角の頭がくるくると角度を変える。蟷螂だ。その視線の先、蝶の幼虫が葉の上。

 くるくる

 くるくる
 くるっくる
 くるくる

 蟷螂の首が回る。幼虫は、生まれつき戦う術を持っていない。神様が決めたことだ。
 蟷螂の複眼に映る無数の自分が、青空や黄色い菜の花や、天道虫や、飛び回る蝶たちを背景にして、回っているのを横目に見ながら――。
 
 はむ

 はむはむ
 はむっはむ
 はむはむ

 草に齧りつき、咀嚼する幼虫。青い汁が口の中に広がり、青い香りが全身を包むのを感じて、排泄をした。草を滑りっこして、土の上に糞が落ちていゆく。
 蟷螂が近づいてきた。首を傾げ、幼虫の動きを伺う。幼虫は、食べ続ける。排泄し続ける。加速も停滞もせず。

 幼虫が、蟷螂の吐息を首筋に感じた瞬間、二匹は黒い影に覆われた――雀だ。こちらを目掛けて飛んでくる。
 蟷螂が後ずさり、紫に透けた翅を広げて、飛び去る。葉の上には幼虫だけが残る。雀が来る。幼虫は草を齧っている。雀が口を開けて迫って来る。排泄する。
 我々には、次の瞬間の出来事として、雀より大きな鳥――例えば烏か鳶がやってきて、雀が逃げてゆく様を想像することができる。だがそれは、幼虫の小さな脳には不可能な想像で、幼虫は、普段通りに生きることしかできない。天変地異が起こっても、天敵が迫っても、いつか蛹になる為、蝶になり空を羽ばたくため、目の前の草を食む。
 
 生きることを止めない限り死にはしない――と、幼虫の神経は思っている。それこそが、神様が与えた武器――幼虫が蟷螂に勝利する為の唯一の武器なのだと、我々には信じることができる。

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