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三体 / 劉慈欣

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

青井あるこです。
正月休みの間に話題の中国のSF小説、劉慈欣の『三体』を読みました。
ネタバレがあるので、ご注意ください。

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とにかく面白かった。
日本語版の本はハードカバーで433ページもあるし(あとがきを除く)、中国の小説を読んだこともないので、かなり手強いかなと覚悟していたのだが、一度読み始めるとページを繰る手が止まらなくなった。

SF小説であるから科学や物理的な仕掛けもたくさん出てくるのだが、ヒューマンドラマやミステリーものとしても楽しむことができる。

中国の近代史については学校の授業で習う以上のことは何も知らないのだが、この物語は文化大革命の最中に始まる。天体物理学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)の父親であり大学で理論物理学の教授をしていた葉哲泰(イエ・ジョータイ)が紅衛兵によって、娘の目前で殺害される。

同じく物理学者であった文潔の母・紹琳(シャオ・リン)は夫を裏切ったうえ、心神喪失の状態になってしまう。そのほかにも慕っていた友人が自殺をしたり、生産建設兵団に所属するも裏切りにあって反革命の罪を負わされたりと文潔は若くして文化大革命に翻弄される。

しかしそんな彼女は学術的な才能を見込まれて、極秘の紅岸プロジェクトにスカウトされる。世間に対してすっかり心を閉ざしてしまっていた文潔は、一生出られないことを覚悟で着任するのだ。

もう一人の主人公・汪淼(ワン・ミャオ)や不敵の警察官・史強(シー・チアン)など個性的で魅力的なキャラクターが何人も登場するが、なかでも一番好きなのはこの文潔だ。

才能溢れる若者が政治情勢のためにその才能を発揮するどころか、それ故に迫害を受けて心に傷を負わされる。生まれた時代や場所が少し違うだけで、そんな目には合わなくて済んだはずなのに。

きっと当時の中国にも、そして今までの歴史上のいろんなポイントでこういう人はたくさんいたし、今も隠れているだけでいるのだろうと思うと、単純に勿体ないという気持ちとそれ以上の恐怖を覚える。それと同時にそれが中国人作家によって描かれているという点に希望を覚える。

文潔は同じく紅岸基地で働いていた技術者の楊衛寧(ヤン・ウェイニン)と結婚し、楊冬(ヤン・ドン)という子どもを設けるのだが、政治委員の雷志成(レイ・ジーチョン)が自分の研究の成果を盗もうとしていることに気が付くと、雷もろとも夫である楊衛寧まで殺害してしまう。

衛寧は間違いなく文潔を愛していたが、彼女はもう人を愛せなくなっていた。自分の研究のために生まれてくる子供の父親を迷いなく殺す姿は、彼女の心の傷の大きさと文化大革命による迫害の罪の深さを物語っている。

彼女はまた自然の保護にも心を寄せていて、自身の利益のために戦争を起こしたり自然の生態系を壊したりする人類にほとほと愛想をつかしていた。

そんなときに同じような思想を持つマイク・エヴァンズと出会い、彼の影響を受け、彼女はかつての研究の成果を生かす方法を思いつく。
紅岸基地で交信した異星人に地球を侵略させ、人類を滅ぼしてもらうと考えたのだ。

かなり極端な発想だと思うし、彼女がやろうとしていることは文化大革命と同じように大勢の人を犠牲にする。

だけどどこか共感を覚えてしまう。どれだけ平和を論じても戦争は起こるし、人類の経済や生活の向上のために自然が破壊されていく。そのなかで犠牲になった人間を悼むことはあっても、動物や虫やその他目にも見えないくらいの小さな無数な命はほとんど顧みられることはない。

その人類の自己中心的な振る舞いに嫌気が差し、また自分も同じ人類であるからこそ罪悪感を覚えて誰かに罰を与えてもらいたくなるという思考は、個人的には理解できる。

文潔が交信した相手、三体人も自分たちの惑星の厳しい環境に頭を悩ませていて、気候が安定し人類が反映している地球は魅力に映った。しかし文潔が思い描いたような高度な文明はそこには存在せず、四光年という距離を瞬時に移動する術は存在しない。三体人は時間を掛けてでも地球へ向かう宇宙船を送るのだが、地球の文明の発達のスピードが驚異的であるために、宇宙船が到着する頃には太刀打ちできない敵となっている可能性を危惧する。

そこで三体人が思いついたのは、智子(ソフォン)プロジェクトという陽子をスーパーインテリジェントなコンピューターに改造する計画だった。この仕組みについては、理数系アレルギーの私にとってはそんなことが実現可能なのかどうかどころか、構造もしっかりとは理解できなかったので是非本文を参考にしてほしい(そしてどうか解説してほしい)。

その智子と名付けられた陽子は人工知能のように自分で学習し考える機能を持っていて、物理学の基礎となる研究機材の測定結果を狂わせる働きを持っていた。すなわち人類の科学的な文明の発達を阻害する機能を持った陽子を彼らは地球へと送り込んだのだ。

この方法は新しい。もし自分が宇宙人に地球を侵略されるストーリーを書こうと思っても、絶対にこんな方法は思いつかない。(他のどんな方法も具体的には思いつかないが。)

自分たちの戦艦が到着するまでの間に敵を無力化してしまう、という発想は面白かった。

そして智子は無数に増殖し、汪淼が見たゴースト・カウントダウンや夜空の点滅を引き起こすなど、人知の及ばない超自然的な現象を容易く発生させ、多くの物理学者たちの信念を崩し自殺へと導いた。

そのなかには宇宙論研究者となっていた文潔の娘・楊冬も含まれている。

結果的に文潔は間接的に娘を殺害したことになるが、彼女は一体どう感じていたのだろう。汪淼との会話の中で娘への愛情が伺えるが、やはり人類に対する憎悪と罪悪感の前では、喪失の痛みにさえも目を瞑ったのだろうか。それとも人類全体が消滅して、娘の死すらも無かったことになれば良いと願ったのだろうか。

もう一つこの小説の面白い点として、汪淼がプレイする謎のVRゲーム「三体」がある。

プレイヤーはVRスーツを着てプレイするのだが、ゲームの舞台は複数の動きが不規則な太陽を持っており、日が昇らない凍てつく夜が続いたり強い日差しに建物や人間までもが焼き尽くされる日々を繰り返す乱期と、規則的に太陽が動き人々が生活することのできる恒期とを繰り返している。

プレイヤーに課されたミッションは、歴史上の偉人の名前が付けられた登場人物たちとともに乱期や恒期がいつやってくるのかを計算し、文明を発展させるということだ。

作中では様々な理論を用いて(としか理数系アレルギーの私には言えない)、天体の動きの法則を見つけていくのだが、これの簡単バージョンが現実の世界にあったらぜひプレイしてみたい。自分の身体が燃える感覚を味わいたくないので、VRは御免だけれど。

文潔が代表を務める地球三体(アース・トライソラリス)運動は、このゲームを利用し、見事高度に文明を発達させたプレイヤーをメンバーに招待していた。

つまりゲーム「三体」は、そのまま三体世界の問題を反映させたものだった。

面白過ぎる。実際にあったらやってみたいな、面白いなと思っていたゲームが、こんな形で物語の革新へと繋がるとは全く予測不可能だった。

智子プロジェクトにより科学の発達を阻害され、目に見えない形で危機に陥っている人類。ここからどうやって状況を打開していくのか? そして三体世界は本当に地球へとやって来るのか?

歴史の闇や思想と宗教など、個人や社会に根差す仄暗い部分まで書き込まれている壮大なヒューマンドラマでありながら、圧倒的なエンターテイメント性を兼ね備えていて、重た過ぎず楽しんで読むことができた。

続刊が二巻あるみたいなので、今後もかなり楽しみ。
中国語(とたぶん英語でも)では完結済みみたいなので、中国語を勉強してでも早く続きが読みたくなる。

……日本語で読んでもこんなに難しかったのだから、理解できないだろうけれど。

最近は中国のSF界がかなり熱いみたいなので、今後は注目していきたい。


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