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「フォーサイト・サーガ」 前半


映画化されているようだが…。

感想を検索したが、なんとなく見た人も「???」という感じだった。
無理もない。
このお話を理解するには、描かれていない部分を推察する必要がある。
そこを原作と同じようにふわっと曖昧にしていては、この物語の主軸は決してつかめない。


話は富豪のフォーサイト家のパーティからはじまる。
「The Man of Property」

どっしりとしたおじいちゃんが一家を束ねているが、年は隠せない。
あとつぎ息子のジョリオンは以前、妻子も後継者の地位もすべてを捨てて家を出ている。
では跡継ぎはコイツかなというのがジョリオンのいとこのソームズ。
超絶・美人の奥さん、アイリーンとは夫婦仲がなんとなくうまくいっていない様子だ。

おじいちゃんに寄り添う孫娘ジューンはジョリオンの娘。
父に捨てられた子供で、母は亡くなっている。
婚約者がいるが、結局破談となる。

…という風に話は進む。

序盤はおじいちゃんをはじめとする、フォーサイト家の描写ばかりで、主要人物であるジョリオンはあとにならないと出てこない。
誰に感情移入して読めばいいのか迷う。
しっかり自分の意見を持って冷静にこの一族を観察しているジューンの好感度は高い。

しかし次第にわかってくることだが、物語の中の核であり絶対的ヒロインであるのがアイリーンであるのは間違いない。

このヒロイン、とにかく話さないし、行動しない。
ただただ、美しいという描写のみが雨あられと降り注がれ、本人は寡黙で受け身でじっとしている。

元気で意思がはっきりしているジューンがよい対照になっている。
あまりズバリと描写されていない(ような気がする)が、ジューンは不美人なのだろう。
婚約者を他人に取られるし。

ゴールズワージーは描写は素敵だし、表現方法も豊かだなと思う。
けどストレートに訴えかけてこない。フクザツ。かと思うと、わかりやすい。
そのギャップが実はあまり心地よくなかった。

読んでいるこちらとしては、絶賛の嵐である美貌のアイリーンに対しては最初、何なんだろうコイツ?という感想しかなかった。


一族のドンであるおじいちゃんは年を取ってあれこれ思うところがある様子。
そこにに勘当されたジューンのお父さん、ジョリオンが現れる。
父と息子の和解が静かに進行する。

なぜ、ジョリオンはすべてを捨てて家出をしたのか。
彼はこのフォーサイト一族の金・金・金・物欲・物欲・物欲、に耐えられなかったのだろう、という雰囲気は十分に伝わってくる。

財産もちのフォーサイト家には愛がない。
愛はフォーサイト家の外にある。

この辺りから、ヒロインのアイリーン、このミステリアスで静かな女性が一つだけ、どうしても譲れないという意思があることが示唆されていく。

夫ソームズへの嫌悪だ。

結婚にもアイリーンはもともと、乗り気ではなかったらしい。
(別にお金目当てで結婚したわけではなく、ソームズがあまりにもあきらめずにいつまでも求婚していたからなのと、断る理由がなかったからである…らしい)

このアイリーンが夫を否定する理由が、生理的嫌悪なのか、DVであるのか、性的な不一致であるのか、わからない。
最後までわからない。

夫婦の寝室に、他人にはうかがい知れない「何か」がある。
そしてこの夫、徹底的に無理解で、鈍感で、俗っぽい。
彼はフォーサイト家を体現する人間だ。
アイリーンはフォーサイト家の外にある愛や美を体現する。

ソームズの描写や考えていることは、アイリーンよりもはるかに豊かに表現されていてわかりやすい。
彼は普通の人間。
どこの誰もが嫌うようなわかりやすいおかしさ、高飛車な態度はあまりない。
金持ちの鼻持ちならない様子はあるが、全体的に見れば本当に普通の領域だ。

彼はなぜ妻に嫌われるのか、どうしてもわからない。
なぜ妻が嫌うのか、もはっきりと描かれない。

ここがゴールズワージーのすごいところなのだが、何と読んでいるこちらにもわからない

読んでいる途中で額に皺が寄ってしまった。
「何?何なの?」と疑念を抱く。

ただただ、アイリーンの「この人はダメ、無理」という全篇を通じて流れる確固たる意思だけがあるのだ。
それも声高に主張するわけではないので、わかりにくい。
顔をそむけたり、そっとその場を出たり、はかばかしい返事をしなかったり、というもの。


アイリーンの描写は本当に美しい。
だがあくまで受身。
「依存で生きている。自分の足で立ってない」などということも書いてある。

何せ彼女はほとんど話さない。
会話がないので、いまいちキャラがつかめない。

その掴めないところが謎めいていて、男性の夢を詰め込んだらこういった女性像になるのだろうか、という感じがする。

美しさを美しさとして所有すること。
ソームズは妻を所有しているし、彼女が自分に従うのが当たり前だと思っていることが、次第にわかってくる。
そこにアイリーンの「いやだ」という意思表示は封殺されている。

対外的な場に出れば黙っているが、アイリーンが家庭内ではおそらく何度も何度も、離婚を願っていること。ソームズが頭から相手にしていないこと。「いやだ」という意思を示しているにも関わらず、まったく相手にされていないことがふんわりと描かれる。

読み手としては、とにかくアイリーンが静かすぎるので、それはソームズがわからなくても無理はないのでは?と思わないこともない。

フォーサイト一族がどっしりと根を下ろして疑いもしない、最初に来る価値観は「Property」。
ジョリオンは人にとって大切なのはそうじゃない、と思っているし、人間らしさを失いたくない。
いったん「Property」の権化たるソームズに支配され所有されてしまえば、アイリーンは言論を封殺されて精神的・肉体的に搾取され、押しつぶされていくだけなのか?

結局フォーサイトの人たちは、物欲にまみれ物欲で終わるのか?

このあたりまでは、フォーサイトの人々がこのままで終わるならばあまり意味はない、と思っていた。

後半になって印象も展開もがらりと変わる。


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