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明智屋敷の樹の上で(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 10)

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目次 鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語

前回のお話 第九話 「貝と蝶と」



明智屋敷の樹の上で



 天正二年(1574年)一月、正式に二組の婚約が発表された。

 まだ幼少である熊千代と珠子はさておいて、大きく境遇が変化したのは津田坊の方だった。明智の娘と、信長のお気に入りの甥との婚約は岐阜城を騒がせた。

 真っ先にかけつけたのは秀吉で、藤孝に対しても過剰とも思えるほどの祝いの言葉を述べ、良いというのにいらないみやげの品まで参上した。長浜城にもぜひお越しくだされ!と付け加えるのも忘れない。

 津田坊の元服と、明智の次女の輿入れは来年と決まった。

「お坊の相手は並のおなごでは勤まるまい。明智の娘ならば一安心よ」
「はい。叔父上、何から何までありがとうござりまする」

 その会話を聞いても、次男の三介、特に何も感じていないように表情を動かさなかったが、三男の三七はわずかに顔を歪めて横を向く。信長は目敏めざとく気付いていたが放っておいた。
 我が子とはいえ、濡れ手にあわと何でも思い通りになると思うようでは困る。初陣は先に信孝を先にと決めてあるし、少しは危機感を持たせねばならぬ。

 信玄死去の知らせもつかの間、難題山積の織田家には、次々に各地のよくない知らせが入った。
 越前では一向一揆が勃発ぼっぱつし、朝倉を落としたとはいえ、国人勢力がまだ抑えきれずにいる上、本願寺が裏で糸を引いているのは明らかだった。

 そして武田勝頼によって拠点である明知城が責められているとの知らせが入って、信長は急遽きゅうきょ信忠と明智光秀を伴って出陣をすることになった。だがこの戦いはそううまくはいかなかった。猛将、秋山虎繁に敗れて自刃した明知城の遠山景行は、江戸時代において名奉行で名を馳せる遠山家の先祖にあたる。

 信玄死すと言えども、勝頼はここにありと示す戦だった。
 信忠があれに比肩し得る武将になれるかだろうか。信長は正月の上機嫌とは打って変わって、信忠の元服後に守役となった河尻秀隆にもひどく機嫌が悪かった。



 京都に訪れた帰蝶のもとへ、おさととお珠の姉妹が坂本城から足を運んで挨拶に来たとのことで、十兵衛が熊千代を京の明智屋敷にそっと呼んでくれた。
 熊千代は足を宙に飛ばして駆け付ける。

 まだ息も整わないまま、奧屋敷の控えの間に座っていると、奧で珠子を姉のさと子が叱っている声が聞こえてきた。

「またお珠は、心配させるようなことばっかり。母上はお弱いのですから、いい加減落ち着いてくれねば困ります。ああ心配じゃ。わたしがいなくなればどうなるの?本当に大丈夫なの?」
「いいのです、おたまだってお嫁に行くのですから!」
「こんな困った小娘、細川さまの方でも愛想をつかされてしまうわ」
「おさとさまは、まだ衣装合わせの準備がございます」

 追い出されてむくれ顔の珠子が出てきた。

「熊千代!」

 ぱっと顔を輝かせてこちらへ走って来る。熊千代の胸は嬉しさで高鳴った。

「みな、おさと姉上の輿入れ準備に大変なの。母上も起き出しては、ご挨拶の品に衣装にと大わらわ」

 そんな中、珠子のことは安心とみたらしく、割とほったらかしであったので熊千代は気軽く珠子に会うことができた。



「正月、上様はな、馬廻衆に朝倉と浅井のくびを披露したそうな」
「まあ!お首を」
箔濃はくだみと言うてな、髑髏どくろに漆を塗って金粉をまぶすそうな。その前でみなが次々に舞を披露したという。おれも見たかったが、ごく内輪の馬廻うままわり衆だけとのことであきらめた」

 侍女たちは横を向いて顔をしかめている。

「なんと気持ち悪い話をなさる」
「あれを御覧なされ。お珠さまも大概じゃ」

 目を輝かせてうなずいている珠子が、岐阜城での生活について、近習の人間関係からふすまの彩色に到るまで根掘り葉掘りと聞くので、熊千代はすっかり気分がよくなり、詳細に説明してやった。

「小姓部屋では自慢話ばかりだ。親や兄弟、暮らしや家柄、茶器。そんなもの聞いているより武芸に励んだ方がよほど良い。御坊どのは、玄関先で無礼を働いた門番を切り捨てられた。慣れておる鮮やかな手つきであった。こう、斜めから一閃!」
「まあ!こうか?」
「そうだ、こう」
 さと子は仮縫いを終えて、珠子の様子はどうかと伺いに来たが、ちょうどそんな会話を耳にして腐ったものを食べてしまったような顔になった。
 気配を伺っていると、珠子は、侍女たちの顔色を見て、少し下を向いておとなしく言った。

「ひとをあやめるのがどんなにむごいかわかっておるのと、また姉上におこられる。でも門にだってよく罪人の首がかけてあるでしょ。父上だって不埒ふらち者をその場でお斬り捨てになったことがあるのよ」
「もっともなことだ。当然であろう」

 珠子は顔をつくってみせた。

「でも姉上は、こんな風にかおを大げさにしかめて、いやな話!っていうの」
「困ったことだ、そんなことで勇猛な御坊どのの相手ができようか」
 さと子はたしなみを忘れて、ふすまを蹴破りたい衝動にかられた。
 ほっといてもらいたいものだわ。このクソガキどもは調子に乗って。最悪だわ。
 蹴破る代わりに荒々しく音を立ててふすまを引き開け、聡子はまくし立てた。

「そなたら、そのようなことを言うて、すべてはあとで自分にかえってくるものですよ」
「これは、義姉あね上」
「まだ義姉などではないっ!軽々しゅう呼びやるな。わたしは自分が死にとうないから、軽々しくひとの命をとろうなどとは思いもしませぬ。そなたらの慈悲の心は何処どこへある?」
るか、られるかでありまする。そんなことを言うておっては、られてしまう」

 そう言い放ったとき、熊千代の脳裏にはあの高山彦五郎の生々しい首の傷がかすめていた。
 さと子は珠子によく似たほっそりと長い指を立ててとがめる。

「よいか、いくさとは、男にとっては勝つことを思うのであろうが、おなごにとっては、負けた時にいかに死ぬるかを考えるもの。討ち滅ぼす相手にも妻子はいて、どう死ぬるかを常に考えておるとすれば、楽しいわけがないでありましょうに。失われれば生命いのちは二度と戻らぬものを!」

 珠子は熊千代にささやいた。

「ねえ、姉上は怖いでしょう?」
「なに、ちっともこわくなどない」

 細川家中かちゅうの母や生意気な妹の伊也いや、鍛え上げられた女衆に比べれば、随分優しいことを言うと熊千代は思った。いかにも十兵衛の娘らしい。そして、珠子がそうでないことが熊千代には嬉しかった。



「父上は、明智家の娘たちはみな、教養にすぐれ史実をそらんじる者を好むという。それで、直接に問うてみようと思うたのだ」
「そんなことを細川さまが申したの?」

 珠子は首をかしげて

「わたしはそんな姫育ちではありませんよ」

 はっきり言った。

浪宅ろうたくで育ったのだもの。ここよりずっとずっとずうーっと狭かったわ。忘れていません。端女はしためも侍女もだーれもおらないから、ははさまは大変でした。お岸おねえさまとおさとおねえさまがわたしを育ててくれたの。でも今はつまらぬ。あの時のほうが楽しかった」
「おれも!」

 熊千代も競うように一生懸命言った。

「おれも、裏長屋で育ったという。ほとんどおぼえちゃおらぬが、どろんこだらけでかけまわっていたそうだ」
「まいにち井戸で水をくむのよ。これが重うて、落ちてはならぬからと注意するようきつく言われていた」
「二人でせねばならぬのだよな。危ないから。万がいつ片方が落ちたときも、一人が誰か助けを呼べるように」
「そうは言っても、ひとりでやらねばならぬこともあるわ」

 仲良く寄り添って親しくおしゃべりをしていると、小さな体が温かかった。にわかに胸がどきどきして、心臓が早鐘のように鳴る。

「熊千代の母上はどんなかたなの?あっ、そうだ…まって、麝香じゃこうさま!いつも母上とお手紙してる、とてもしんせつなかた」
「親切?」

 母が親切だなど、とても変な気がした。

「あれは鬼だぞ?そもそもおなごではない。鬼でなくば雷神だ。いつも雷ばかりを落としておる」

 光にさえけていきそうな柔らかな頬に、けて褐色がかったふわふわした髪が揺れている。熊千代は指が動くのを懸命に我慢した。

「熊千代は、おにのこなの?」

 珠子の手が熊千代の頬に触れて来る。思わず叫び出しそうになるのを、侍女がほとんど腰を浮かせて見守っている。

「最初みたとき、おにのこだと思ったわ。不思議ねえ、今は人間ひとに見ゆる」

 ぶるぶる震えている熊千代の目がうるみがちになり、お珠さま!と横から侍女が咎めるような声を出したが、珠子は意に介さない。そっと顔を近づけてきさえした。

「お珠さま!はしたなき真似をなさいますな!」

 真っ赤になってこらえていた熊千代は、耳元で珠子が何事かささやくのをきいて、にっこりとうなずくとぎゅっと手を握った。

 きゃあっ。
 侍女の悲鳴が聞こえて、乳母の悲鳴が京都の明智屋敷をつんざいた。

「お二人が!逃げられた!」



「このたび二つも縁談をうけたまわったわけだがな。津田坊どのは織田の連枝れんしであるばかりか、日が迫っておる。早急に準備をせねばならぬな」

屋敷の奥では、十兵衛と妻の煕子ひろこが和やかに相談していた。

「おさとはしっかりしておりまする。たとえ織田家に入ろうと、誰にもひけはとりませぬ。帰蝶さまもおいでです。ですがお珠はどうすればよろしいでしょう」

 明智家も、我が子より相手の家のことを心配していた。

「殿方とは、おとなしく素直で、大きな心をもって母のごときいつくししみをもつおなごを好まれまするもの。毎日言い聞かせておるのですが、お珠は真逆にございます。が強うて、わがままで、執念深くて……」

 十兵衛は笑った。

 苦労をさせ通しだった妻の手をいたわるように握って、言い聞かせるように言う。

「幼き頃より馴染なじむことが出来、互いにこの者と一生を過ごすのだと思えば我慢せねばならぬこともおのずと知る。何、二人きりになどせねば大丈……」

 そのとき、奥から悲鳴が聞こえた。
 珠子の乳母が血相を変えて走ってくる。

「殿!御前さま!お二人が、お二人が、逃げまいた!縁側から裸足のまま!飛び降りて!」
「何と。いかがした。二人ともとおかそこらの年ぞ」

 十兵衛が声をかけた。

「外には出られぬ、よいよい、ゆるゆると探せ」

だが、さすがに十兵衛も、このことが細川家のお付きの耳に入らぬよう、と釘を刺すことは忘れなかった。



 京では、信長の祐筆ゆうひつをつとめる松井友閑が甥の康之に面会していた。ちょうど相国寺で信長の茶会の茶道を勤めた後で、最後の茶を甥にふるまいながら話をする。

「藤孝どのは、むやみに暴れるは不安の現れ、気の小さい証拠で当主とうしゅには向かぬと思うておるようだがな」

 旧幕臣に対する織田家譜代家臣たちからの風当りはきつい。美濃の衆からも距離がある。だが、生粋の幕臣上がりの嫡男でありながら、小姓として織田家中の真っ只中に飛び込んだ熊千代は、明智や細川など、はなから信用していない荒武者たちにも激しい気性からか、さほど悪印象は持たれていないようだ。

「かまわぬ。腹蔵なくお前の意見を申してみよ」

 松井は、考えながら慎重に言葉を継いだ。細川家中では決して口に出さぬような本音も叔父には言えた。

「若は運の強いお子です。これまではずっと家中かちゅうに居場所がなくおりましたが、上様に気に入られた。小姓は信忠さまのもとで慣れぬつとめも不手際を見せるのをまぬがれた。いくさ続きであらの出る暇もなく、津田坊どのをはじめ蒲生の若などの年長組に顔をつなぎ、慣れた頃にうまく明智の姫と婚約です」

 いつも無表情な叔父だが、かすかに唇を歪めて笑いのような形を作った。

「殿は、左馬之助や蒲生どののような(松井はあえて自分のようなとは言わなかった)若武者を理想とされているのでしょうが、織田家中かちゅうで存在を示すは至難しなんわざ。血の気の多さも強情もさして悪とは思われず、突き抜けるほど目立ちもせず……叔父上、わたしはあの若君に賭けてみて、この身を預けてみてよいと思っております」
「おまえとは気が合わぬと思うていたが」
「そんなことはありませぬ。好かれてはおらぬかもしれませぬが、決して嫌ではありませぬ」

 あの少年は、好悪こうおも含めてどこか、腹が真っ正直なところがあるのだ。腹に一も二も秘めて、文化教養の知識の下に覆い隠してしまう殿(藤孝)とは違う。丁寧で隙のない応対をしながらも、どこか得体えたいの知れない明智十兵衛とも違う。
 甥にもう一服、茶をすすめながら友閑は言う。

「今日、宗易そうえき(利休)も小童こわっぱに会ってみたいと言っておったぞ。山上宗二から話を聞いたそうだ。わたしも褒めておいた」

 見事な手前で一服を頂いたのちに置いた松井に、叔父は言った。

「運も実力。あの小童こわっぱがどこまでその運を使えるかの。明日も知れぬ世だ。思うとおりにやってみよ。松井の家督を預かるのはお前だ」



 二人はそろって縁側を飛び降り、枯山水造りの広い庭を走り抜けて、小さな塀をいくつか乗り越えた。熊千代は一本、枝ぶりのよい松の木を見つけて一足二足、試してみる。

「ここを登れ」
「おたまはやれます!」

 上から差し出した手をことわって、珠子はするすると松の枝に登って塀から外へ首を出した。まるで音を立てない。
 塀下には有吉がいた。

「四郎右衛門!」

 呼ぶと手を振って、わずかに笑顔を見せるが、すぐにしかめっつらをして降りるようにうながされた。

「どうしてあのお付きの人は熊千代がここにおるのがわかったの?」
「有吉はそういう奴なのだ」

 おそらく松の枝が張り出しているのを見て、やんちゃ坊主がこの辺から登りそうだとあたりをつけたのかもしれない。

「一言も答えずに、いつもおれがいちばんいて欲しい場所におる。みな、無口だと言うだけで鈍重だばかだと言うが、皆こそばかだ」
「だいじな御家来なのね」
「うん。四郎右衛門はおれのいちの家臣だ。まえに、川を渡ったとき、四郎右衛門はおれを肩車してわたった。途中で頭まで水につかってしまって、でもあいつはびくともせずにおれを肩車したまま渡りきった」
「どうなったの?」
「四郎右衛門は、川岸で倒れてしまったのだ。おれは無傷だった。腹をみなで踏んで、なんとか水を吐かせたのだ」

 有吉ののど元からごぼごぼと音がして体が跳ね、咳とともに肺の水も押し出されて息を吹き返した。熊千代は安堵のあまり泣き出した。
 黙っているから大丈夫かと思ったが、大丈夫なはずはなかった。

 近くを歩いていた老人が見守っており、感心したように言う。

「まれに見る忠義者、決してお放しなさるなよ」

 二人は木の上に器用に体を並べて、頬をくっつけるようにして話していた。珠子は背中を幹に預け、膝に頬杖をついて前かがみになり、きらきらした目で聞いている。まぼろしが次第に形をとり、息づいて熊千代のそばにいた。

「火の中水の中というが、おれのために本当に水の中をくぐってくれたのは四郎右衛門だけだ。きっと鉄砲のたまがとんでも、槍が飛んでも矢がかすっても、四郎右衛門に肩車されていればおれは無傷なのだと思うている」



 五月。
 勝竜寺城には、是政の父である米田宗堅、四郎右衛門の父である有吉立言、松井康之、旧幕臣で構成された藤孝の郎党たちがみな集まっていた。
 全員がかたい顔で下を向いている。

 高天神城が勝頼によって攻略されかけているとの知らせを聞いた後、信長はふと明智十兵衛に不機嫌に言った。いい加減、もう待てぬぞ、と。

 藤孝が重い口を開いた。額には深い皺が刻まれている。

「伏見の城は破却、兄上は嫡男秋豪あきひで共々、切腹と決まった。身柄は坂本城に預かりとなっておる」

 三月に天下の香木、蘭奢待らんじゃたいの切り取りを行ったのも、武田の仇敵である上杉に狩野永徳の屏風を贈ったのも、何とかここで生じた武田信玄死去による支配権の優位を確実にしようとする、信長の必死さの現れであった。

 これらの出来事に比べれば、信長にとっては小さな決定、だがここにいる彼らにとっては義昭追放から続く一連の出来事の最後の打撃と言ってもいい。

 旧幕府から訣別けつべつをするために、藤孝は誇りも名も捨て、ここにいる彼らは明智の庇護のもと織田家臣団に生き残りをかけて紛れ込んでいた。

 藤孝四十歳、松井康之二十五歳、顔を見合わせたまま下を向き、ぐっと口をつぐんでいる。

 自分の選択が間違っていたとは思わないが、兄は兄の意地を通した。

「三淵さまは、口をつぐんで何も申されぬとか」
「御最期前にご挨拶は叶うのであろうか」

 それぞれに思いを吐露する皆の口も重い。藤孝はこう言うしかなかった。

「十兵衛ならば、何一つ手落ちなく兄上の最期の世話を丁重にしてくれるであろう」

 兄の覚悟がうらやましくもあり、歯がゆくもある。しかも、かつての自分の召し使っていた者が今や、上役になり、庇護を頼む対象となっている。

 ここに顔を揃えた旧幕臣の皆を支えている希望が、何とか織田の中でもやっていけるかもしれぬと思うよすがが、今は明智と、あの暴れ者の熊千代の肩にかかっている。

 あやつは早死にしそうだからどうなるかなどわからぬわ。突進してあっというまに流れ矢に当たって死ぬがおちだ。そう苦々しげに考えて、藤孝はふと、わしはいつからこんな風に考えるようになっただろうかと思いを巡らせた。

 若くしてこの人ならばと必死でお支えしてきたあるじを失い、どこかに深い諦念が生まれた。義昭のもとで各大名との取次を必死で行っていたときにも、手探りで生き延びられる糸をすでに手繰たぐり探していたかもしれぬ。
 そんなわしを支え、慰め励まして次の世の道筋を示してくれた十兵衛は、まだそんな深い絶望の淵は知らぬとみゆる。

 あやつの心はまだ若い。

 織田の悍馬かんばに愛され、重用ちょうようされているという希望に燃えておる。

 六月十八日、高天神城は武田の手に落ち、織田と徳川は拠点を失った。
 三淵藤英は七月六日に自刃、藤孝は次男から下の四人の甥たちを母ともども勝竜寺城にそっと引き取った。三淵家正室の次男はまだ三歳で、藤孝自身の三男(のちの幸隆)と同年になる。

 勝竜寺城の奧屋敷は子供の声にあふれ、いっそう騒がしくなった。

 忠興の従兄弟たちは後々のちのち、次男は田辺城で奮戦、三男は忠興に仕えることになる。


第十話 終わり

次回のお話 第十一話「鉄砲と癇癪」

目次 鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語


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