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モノクロームカフェ またの名を、ちびブタ彼女とその一生 2(中編小説)




3. 2019 令和元年の女子会


店は賑わっていた。
黒服の少女が足早に店内に入ると、テーブル席はほとんどが埋まっている。
こんな奥深く探しても迷うような場所に、誘導の看板も出ていないのにどうして?と疑問に思うほど混んでいる。ざわめく人の声があちらで高まりこちらで静まりとめどなく続いていた。軽快なジャズが流れ、壁にはウォーホルが飾ってある。
ほとんどが女性客だった。

一つのテーブルで手を振る姿があった。
「久しぶり~」
「きゃ~さきなちゃん」
立ち上がって手を伸ばした大きめのパーカーにタイトスカートの子、咲菜は友人にぎゅっと抱き付こうとしたがはっと体を離した。
「まあこちゃん、それってまさか喪服?」

真亜子が体を離すと、茶色い髪がふわふわっと真っ白な頬に乱れかかる。眼が大きくてちょっと垂れ下がっていた。
「うん、三回忌だったんだあ」
口調もゆっくりしている。外見はまったくの少女だが、連れの二人は顔立ちも学生らしさがそろそろ抜ける頃特有の大人っぽさがあった。
咲菜はあっと口に手を当てた。
「叶江《かなえ》おばさん!もうそんなになる?」

Tシャツにデニムを着た子が横から口を出した。
「ああ綺麗な人。でももう、かなりの年よね?え、亡くなってた?」
真亜子は首を振った。
「おじさん。三回忌はおじさんのだよ」

昔は百貨店だったこのビルも、時の流れに従い直営店はすべて閉鎖、単なるテナントビルと成り果てている。
袋小路の果てにあるこのカフェはひっそりと残っていた。
ここはカフェと言っても窓もなければテラス席もカウンターもない。このビルは四方を別の商業ビルに囲まれていた。店は曲がりくねったビルの片隅に完全に隠れている。
店員はいつも心持ちそっけなく事務的で、客は覚えられているという圧力を感じることなく、コイバナに暴露話に陰口に夢中になれた。

真亜子はコーヒーを買ってきた。口をとがらせてデニムの子、れいらがスマホを持ったままの手で咲菜を指す。
「ねえこの子、彼氏出来たらしいんだけど写真見せてくんないの。やだかっこ悪いから見せたくないとか言って、見せないの!」
「ねーやめて?レイラ」
咲菜から笑顔が消え、少しうつむいたのを真亜子はのんびりと見つめた。
れいらの支配的な口調を矢継ぎ早に投げかけられたら、咲菜はすぐに顔色を伺う。えーだっさ、そんなのやめときなよぐらいは平気で言うからだ。

真亜子の視線を感じて咲菜は努めて明るく言った。
「お母さんに聞いたんだけど、まあちゃんのかなえおばさんて政略結婚だったんだって?ほんと?」
真亜子は茶色の髪をふってうなずいた。
「そうらしい」
「漫画みたい!」
「あんたんち、政略結婚するほど裕福だったっけ?」
にこにこして真亜子は何も気にしない。
「結局おじさんとこの会社もつぶれちゃった、て聞いたよ」
「だめじゃん。それじゃ政略結婚した意味ないじゃん」

れいらが口に手を当てて笑顔を隠した。
「でもすごい顔面格差だったよね?おじさんと。身長差十センチだって!やば」
「あんた見たことあるの?」
「見た見た。卒業式のとき来てたの。歩いてる人がみんなふりかえるから何だろう?って、まあこのおばさんだったっていう。美人だからっていうより、差がありすぎて…」
れいらの熱っぽい顔が膨らんで噴き出すのを抑えている。咲菜は交互に友人二人の顔を見ていた。口元が笑顔でひきつる。

れいらがトイレに立つと真亜子はぐるっと咲菜に向き直って手を取ると、満面の笑顔で真正面から言った。
「さきなちゃん、彼出来たの?おめでと!」
「レイラにはきっとやめとけって言われちゃう」
「どうしてえ?」
咲菜の顔は真っ赤で、真亜子は笑顔をあくまで崩さないまま不思議そうに眺めた。
「さっき、おじさんのことだって色々言ってたでしょ」
「あー!」
真亜子は笑った。
「レイラちゃんね、思ってること全部口に出して言うからぁ、でもね、おばさんなんておじさんのこと、よくブタなんて呼んでたんだよ。あ、それはね…」

咲菜は聞いていなかった。
「とても言えない…」
「へえ、なんで?」
首を傾げてさっきまでの一幕も何も感じていないような真亜子になら。
咲菜は今なら言える気がした。
「ほんとに不細工なんだもん」
真亜子の前で咲菜は声を張り上げてテーブルに突っ伏した。
「それに…それに…まあちゃん聞いてくれる?あのひとね、エッチなまんが描いてるんだよ!?もうやだ、恥ずかしいー!」
聞き耳を立てていたらしき隣席の数名が顔をそろえて振り向いた。
壁にあてたライトの軌跡を追うねこのむれそっくりだった。




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画像検索を貼り付けるの、グーグルやらYahoo!やらの「画像」ではイメージどおりの画像が出てきません。
ピンタレストが一番じょうずに拾ってきてくれました。
(アカウント持っておられない人はごめんなさい)

ぜったいにこれ、お礼に書くネタじゃないぞと思いながらも、書いちゃったからにはあげちゃいます。



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