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サプライズ・イブ【短編小説】【アドベントカレンダー2022】

※この記事は、下記の企画に参加している短編小説です。

企画の詳細は、主催者:西野夏葉さんのこちらの記事をどうぞ。



十二月二十四日、午後八時。
イルミネーションに彩られた街並みは、冬の夜の冷たい空気の中でも、華やかでにぎやかに輝きを放っている。

誰もが笑顔で、それぞれの祝福に満ちた時を過ごしている中、一組のカップルが、明るい通りの突き当りまでやってきた。その先は、喧騒は途切れ、緑に囲まれた公園が広がっている。
二人は、予約したレストランで食事を済ませてきたところだろうか。ゆったりとした足取りで、街灯はついているものの、人通りはまばらで、聖夜の表通りから比べるとかなり暗くて静かに感じる公園の中を歩いていく。

ふと、男がぴたりと立ち止まる。
いぶかしげに男を見つめる女。
何か言いかけた、その瞬間だった。

ぱっ、とまばゆい光。
女は驚き、それから何が起こったのかを把握して、いっそう瞳を見開く。
二人の横には、色とりどりの飾りつけと、点滅するLEDライトがふんだんに盛られた、大きなクリスマス・ツリーが現れていた。

男が女に何事かを囁いてから、そのツリーに歩み寄る。
そして、その根元に置いてあった小箱を、手に取る。
くるりと振り返り、女の前へ戻ると、ゆっくりとふたを開け――

漏れ出たのは、小さなリングの輝き。
男が女に何かを告げる。
口元を押さえ、かすかに震えながら、女は、首をこくんと縦に動かした。

と。
それを合図に、突如、辺りが明るくなった。
そして、どこからともなく、音楽が流れ出す。
すると、公園を思い思いに歩いていたはずの数名の通行人が、明るく祝福するようなメロディとリズムに合わせ、ステップを踏み始めた。軽やかに跳んだり回ったりしつつ、徐々に二人に近寄っていく。

笑顔でその様子を眺める男。
感極まった表情の女。

ひとしきり盛り上がった音楽がフィナーレを迎えると、踊りながら二人を輪に囲んでいた名もなき通行人たちは、一斉に拍手を始めた。

「プロポーズ、大成功!」
「おめでとうございます!」
「末永くお幸せに!」

いくつもの祝福の言葉が、二人を、二人のためだけに煌々と照らすツリーの見守る中、響き渡った――


「はい撤収オッケーでーす。どうもお疲れ様でしたー」
できる限り、ありとあらゆる感情を排除した極めて事務的な声で、私はフラッシュモブの皆さんに解散を告げた。
サプライズ演出は滞りなく展開でき、仕掛けた結果も上手くいったようだったが、安堵も喜びも充足も、一向に湧き上がってこない。

……二十代最後のクリスマスイブの夜が、赤の他人たちを盛り上げただけで、スーツ姿のまま、為すすべなく終わっていこうとしている。
ものの十分程度だけ光らせるために電話をかけまくって手配したツリーの前から、恐ろしく苦労してかき集めたモブ役の皆さんが帰っていくと、込み上げてきたのは虚無感だけだった。

大した規模もないイベント企画屋なんて職種上、土日祝日その他が潰れることなんて珍しくない。
去年のイブも当然のように仕事だったが、あれはホテルのディナーイベントのプロデュースで、とてもやりがいがあった。だから、仕事が入ること自体はいい。諦めがつくというか、そういうものだと考えている――それが、普通の仕事であったなら。

しかし今回は、大口取引先の重役から、息子のプロポーズを盛り上げるためにひとつ協力してほしい、と個人的に持ち掛けられた、ある種の「接待案件」なのである。
必要経費はもらう手はずだし、今後の付き合いを考えればいい営業にもなっていると自分に言い聞かせてきたが、年末進行の中突発的に舞い込んできたこのサプライズ企画自体の利益は無に等しいことを考えてしまうと、どうしても、やるせない気持ちになる。

「凛さん、お疲れーっす」

背後から、能天気な声が響いた。
私は盛大に吐こうとしていたため息を呑み込んで、振り返る。

「……主任と呼んでって言ってるでしょ、菅井くん?」
「そんな堅苦しいこと言わないでくださいよー、せっかくのクリスマスですよ?」
「いつだろうと、仕事中は節度を守るように」
「はいはい、主任さま」

菅井くんは、いつも勤務態度も口調も砕けすぎで、繰り返し注意しても一向に改善してくれない困り者だ。そんなに堅苦しい会社ではないし、仕事自体はそつなくこなしてくれるので、あまり細々と指摘したくはないのだが、そうは言っても他の部下の手前もあるし、上司の立場としては引き締めざるを得ない。

「……しっかしまあ、あのボンボン、似合わないブランド物で固めちゃって、いけ好かなかったなー」
「そんなこと言わないの」
「凛さ……主任もそう思ったでしょ?」
「ノーコメント」
「親に相談して、そっちのツテで何とかしようってのも気に食わないっすよ。自分でうちみたいなとこに頼んでってんならまだしも。今日のプランだって全部任せっきりだし。ちょっとあんな奴にはもったいない演出じゃなかったっすか? あそこまで盛らないで、もっとテキトーに済ませたって」
「そんなわけには行かないでしょ。相手が誰であろうと、実にならない仕事であろうと、あれやこれや思うところはあろうと、私たちの仕事は、良いイベントを企画して満足してもらうことなんだから」
「……多少の本音も垣間見えましたが、凛さ……主任のプロ意識と企画力は、さすがっすね」
「菅井くんも、もう少しプロ意識を持ってもらいたいんだけれど。まだツリーの周り、片付いてないよ」
「ああ、そうでしたそうでしたっと」

まったく、もう。
今回のこのサプライズは、企画したものの自分一人では回せないから、どうしても一人はサポート役が必要だった。とはいえ年末年始を控えてみんな忙しい状況で、しかもイブ当日で、割に合わない仕事。非常に頼みづらく悩んでいたところに、彼はひょっこりやってきて、「あれ、これイブの仕事なんすか? 手伝いますよ俺、どうせ他にやることないですし」と、自ら首を突っ込んできた。申し訳ないと思いつつ、たいへん助かったのは事実だ。

とはいえ、仕事として来たからには、片付け終わるまではきっちりやってもらわないと――
って、あれ?

なぜか、しっとりした音楽が流れ始めた。
菅井くんが、ツリーの奥でしゃがんでいる。片付けに行ったのかと思ったら、どうもオーディオのスイッチを入れたらしい。

「ちょっと、何やって――」
「この曲、意外と探すのに苦労したんすよ」

菅井くんが立ち上がる。

「……これ」
「KakiPってアーティストの『チャペルにて』って曲みたいです。前に街で流れたとき、これ好きだなって言ってましたよね?」

確かに、だいぶ前にそんなことがあったような――

「実はこのツリー、もうひとつ、仕込んであったんですよ」

一度限りの出番のはずだったツリーに、再び、色とりどりに灯りがともった。ライトアップされた枝葉の中に、菅井くんは無造作に腕を突っ込んだ。

「これ、プレゼントっす。受け取ってください」

菅井くんは少し照れくさそうにしながら、手のひらに収まるサイズのプレゼントボックスを、さっきから固まっているままの私の前に差し出した。そして、いたずらっぽく微笑む。

「サプライズ大成功ってことで、いいですか?」
「……はじめからこれを見越して、手伝うなんて言ったの?」
「いやあ、途中で思いついたんすよ。だってクリスマスイブなんて、凛さんが仕事だったら、俺、もう他にやることないっすからね」
「……調達品の私的流用が過ぎるんじゃない?」
「そんな堅苦しいこと言わないでくださいよー、せっかくのクリスマスですよ?」
「……」
「ちょっとだけ目をつむってくださいよ。お堅いとこも素敵ですけど……今夜くらい、ちょっと羽目外しません?」
「……まったく、もう」

私は、これ見よがしに、盛大にため息をついた。
そして、スーツのネクタイを緩める。

「ほんと、こっちの想像を超えてきてくれるんだから、淳也くんは」
「それって、褒めてくれてるんですよね?」
「さあ、ね。サプライズされたから、自分でもわかんなくなっちゃった」
「えー」
「……ありがとう」

私は感謝の言葉を告げて、年下の、職場では秘密の恋人の手から、プレゼントを受け取った。
驚きも困惑も呆れも、ぐるぐると混ざりはしているけれど。
大部分は「嬉しい」であることは、間違いない。

「イヤリングです。いろいろ考えた結果、凛さんなら、あまり邪魔にならないものがいいのかなって思って」
「うん、嬉しい。ありがと、淳也くん」

仕事人間な私のことを考えてプレゼントを選んでくれたり、ちょっといいなって呟いただけで自分も何の曲か知らなかったような音楽を、わざわざ探してきてくれたり。
私が言うのもなんだけど、サプライズっていうのは、やっぱりこういう、気持ちがこもっているものこそ、響くんだよな。

……ほんと、困るな。
頑張って一線を引こうとしていないと、きっと、私のほうが節度を守れなくなりそう。

「よし、じゃ、片付け終わったら何か食べにいこっか。何でもいいよ、私がおごるから」
「えっ、いやあ、今日のところは俺が」
「仕事に付き合ってくれたお礼、上司としてね。そこはきちっとしておかないと。さ、切り替えて、ちゃちゃっと片付けちゃいましょ、菅井くん。予定よりだいぶ押してるんだから」
「へーい、主任さま」
「プライベートの時間は、その後、ね」

(了)



読んでいただきどうもありがとうございました。
もともと一年半ほど前に、別サイトのコンテストに応募するために思いついたアイデアが、ようやく陽の目を見ることができました。
このところ仕事が忙しく、ある程度の長さの小説を完成させられない時期が長く続いて悶々としていたのですが、暖めていたアイデアとはいえ、今回は実に楽しく書き上げることができました。

西野さん、素敵な企画の場を用意していただき、どうもありがとうございました!


最後に、amanatzの過去のクリスマス小説を紹介しておきます。
アドベントカレンダーでクリスマス熱が高まった方など、よろしければどうぞ。


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