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『窓』no,5

妹尾錠治が堺署に留め置かれて既に2時間が過ぎていた。
山川啓示が…私(妹尾錠治)の顔を覗き込む様に『貴男(あなた)が 一昨日の23時頃に事故の有ったビルの近くの通りで男性と言い争う様子を見た』と…
山川啓示が不安そうに丁寧な言い方で私に話してきたので…

『えぇ…、そんな感じ(言い争う)でなかったが…』『たしかに歩行中の酔っぱら男性に少し絡(から)まれましたが…』

この辺りは『通り』を一本隔てて向こう側には 飲み屋街とエロティズム満ち満ちる風俗店が乱立する『翁の橋』と呼ばれるエリアがあり、こちらは 住宅エリアで 居住用のマンションが乱立する場所で…
その為か深夜でも往来する人々が決して少なくない場所なのである。

私は、夜の『翁の橋』の雰囲気が何となく気味が悪くて 決して近寄らない場所ではあるが…
それでも、その繁華街の入り口付近に キムチ食べ放題の餃子とラーメンが美味し 食堂が 有るので…そこには何度か食べた行った事はあるが…そんな程度である。

『それが 何か…問題でも…』
私は とにかく何で山川啓示(刑事)が問題視するのか分からなかったので…逆に問い直したのである。

少し困った表情を浮かべながら山川啓示(刑事)が…
『実は…ビルから転落して亡くなったのは三輪龍二と言って、ちょうど妹尾さんが一昨日の夜に出くわした相手なんですょ』

『えぇぇ…』
余りにも、びっくりし過ぎて私は言葉に成らない声で応えた。

その私の様子を見て少し安心したのか…
さらに山川啓示(刑事)は話を続けた…
『その三輪龍二は、この辺りの土地と建物の多くを所有していてる資産家で、実は転落したマンションも貴男(あなた)が住んでいるマンションも彼の父親が所有していた不動産物件だと……』『そして一昨年前に父親が亡くなって、今は彼が所有者である…』と詳しく話してくれるのだったが…

私が三ヶ月前に、ここ大阪の堺に引っ越して友人の会社に勤務している事を山川啓示(刑事)に話しをして…
とにかく、私が三輪龍二とは全く何の関係も無いし、一昨日の件は一方的に、私がタクシーから降りて5歩ぐらい歩いた地点で、酔っぱらて一人ふらふらと歩いてた三輪龍二に声を掛けられ、私を誰かと間違えた様で…いきなり向こうから大声で絡(から)まれた だけだと…ひたすら説明を繰り返した。

とにかく、『早く ここ(堺署)を出て会社に行かなくては…』と焦っていたからである。

結局、私からは事故に関連する情報は 何一つ得られなかった 山川と天野の二人は、事件性を疑っていた刑事だったのだ。

『妹尾さん、長く足止めさせてしまって申し訳ない…』と言って、私をやっと解放してくれたのだが…

私の方は全くもって不愉快極まりない思いで堺署を出て直ぐに会社に向かう為に、タクシーをひろったのである。

やっとの思いで会社に着くなり、今度は佐倉井が仕事先(客先)でのトラブルで会社には夕方に戻れるかどうか…だと事務所の事務員(小林紀子)から告げられた。

全く、なんてこった。
やらなければならない仕事が山のように目の前に有るのに…
次から次へと私の能力を試すかの様に社長代理としての責務が追い被さってくるのであった。

夕方になって、ようやく妹尾錠治は…何とか、その日の仕事を終えて一息ついていると佐倉井が戻って来た。

彼の報告を聞いて、無事にシステムエラーしていた装置の復帰を完了したとの事で妹尾錠治は事務所のソファーに深々と躰(からだ)を埋めて目を閉じた。
『やれやれ、何とか…今日の一日は乗り越えたが…』
精神的にも肉体的にも疲れ果てた私(妹尾錠治)の様子を見て…佐倉井が話しかけてきた。
『妹尾さん、出前でも取りましょうか…』
その一言で私は簡単な朝食をとってから、今まで何も口にしていなかった事に気づく…
『あぁ、良いねぇ!』
『そうしょう!』
佐倉井も私も独り身なので自宅に帰っても容易に食事にありつけないし、ましてや二人とも疲れ切っていたので、当然の様に出前する事で意見が一致したのである。

『カツ丼とミニ蕎麦のセットで頼む』と佐倉井に言って、その場で私は寝落ちした。

しばらくして、事務所のドアを軽く叩く音がして 出前した物が届いた。

私は佐倉井から、眠気を断ち切られる様に…
『妹尾さん、冷めますよ!』
『食べましょう!』
と目の前のテーブル(応接間用のテーブル)を挟んで 向かい側に腰を下ろした佐倉井の言葉で意識を取り戻したのです。

『正直に言って、出前なんて 本当に美味しいと思った事は一度も無いが…』
『今日は流石(さすが)に…旨く感じるょ…』
私の話で佐倉井が 軽く笑った。
『妹尾さん、ところで堺署に 何で行ってたんですか…』
『社長とも連絡がつかなくて、本当に困りましたょ…』
佐倉井が 笑(え)みを浮かべながら私の顔を覗き込む様に言ってきた。

本来ならば、いろいろ佐倉井に聞いて貰(もら)いたいところだが…
疲れすぎて、説明する気分になれなかったので…
『あぁ、それなぁ…何でもなかったんだょ…』
『また、今度、社長が戻って来てから三人で飯(めし)でも食べに行った時にでも話するょ!』

佐倉井が…少し不満そうな表情を見せたが…
『とにかく、今日のところは…明日の仕事も 無事に終わらす為にも、飯(めし)食べたら 早く帰って お互いに早く眠るとしましょう!』
と…少し佐倉井との距離を開けようと 無意識に思って、そう応(こた)えた。
『今さら、今日の出来事を一から話しても…疲れが増すだけだ…』
私の心の声が佐倉井に届いたかの様に…
『分かりました…』
『妹尾さんは食事を終えたら、そのままにして帰宅してください 』
『僕は 少し後片付けしてから帰るので…』と、渡りに船の様な優しい佐倉井の言葉に少し申し訳ないと思いながらも…
私は、さっさと食事を終えると…
『じゃぁ、悪いけど先に帰るねぇ』と、佐倉井に声を掛けて会社を出た。

妹尾錠治は、自分の務める会社の入っているビルの6階の事務所からエレベーターで1階のエントランス出ると 小雨の中を 小走りで ビルからビル へと 躰を預けるに進む忍者の様に自分の住むマンションへと帰って行った。

『やれやれ、最後は雨かょ…』
人通りの少なくなった舗道が夜景を映す中を、妹尾錠治の決して小声では無い『独り言』が 雨音に打ち消されるように…
6階の事務所の窓からは、佐倉井が 次第に小さくなっていく妹尾錠治の後ろ姿を見詰めていた。
………………………つづく…………………

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