空地
近所の空き地で青年がスケートボードをしていた
危ないという張り紙が張られ、青年はいなくなった
その空き地は整備され、駐車場になった
近くの住人の駐車場として、便利に機能している
離れたところに公営のスケートボード場ができた
そこではプロのスケートボーダーからアマチュアのボーダー、子供も滑っている
遊びがプロスポーツになり、オリンピック競技になる
世界一を目指す選手が増える
遊びから始まることが、遊びでとどまらずに商業的になっていく
こういう場面に遭遇するたびに、活性化していいよね、
という気持ちと
ただただ、遊ぶだけの自由さを失う悲しさのはざまで
気持ちが揺れる
こんなこと、多くの人が思ってきたことだろうし、私がいまさら書くことでもないのだろうけど、無駄や遊びがきれいにパッケージされ商品として提供されるたびに「なんだかな」という気持ちになるのだ
まあそういう社会の恩恵を受けてもいるのだけど。
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