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アイスランド日記 22日〜31日目

1月4日
ビエンナーレのオープニング日!…のはずだったが大きなストームが来たので中止。すべての演目は5日に詰めて行われることに。
その際に運営側とひと悶着あり。
わたしは自分が被る不利益に対して寛容というか鈍いところがあって、よほどのことがないと外部に対して怒ることができないのだけれど、大事に思うものを守るためには急速に沸騰して蒸発する。

私は最終週にメインギャラリーで公演をするのだけれど、昼間は他の展示の作業の邪魔になるので稽古ができない。会場の電気が点いているうちには照明のテストもできないから、私たちは夜中に稽古。
23時くらいに始めるけど仕込みに2時間、片付けに1時間かかるので毎回1時間だけの稽古になる。夜中の3時、4時くらいまで作業をして帰って眠る。
そのぶん朝寝坊しているので平気だと思っていたけれど、夜中にアップもなしに動く習慣なんてないからだんだん身体が時差ボケみたいにくらくらしてきた。


5日
ビエンナーレ開幕の日。
すべての演目をそれぞれに悪くなく踊ったと思うのだけれど、私が譲らなかった席の作り方のせいで演目が見づらくなってしまっていたことにあとから気づいた。
たくさんのお客さんを想定していなかった自分の責任なので悔やまれる。

自分のからだが、色んなものに見えるような、色んな場面が引き出されるような、そんな在り方でいられるといいなあと良く考える。
時々「踊っているとお爺さんに見えたり少女に見えたりする」と言われることがあって、自分にはそれが分からないけれど、嬉しい。
そういうものをもっと広げて動物とかある神話とかに見えたりしたい、何かを言っているような、それを読み取ろうとしているうちに次々と別のものに変わって、もしかしてすべての物語を語っているようなものにならないかな、だからといってマイムや手話で表すんじゃなくて、からだの質感でそれをできるようなこと。
すごく難しいからずっとこのことは考えてゆくことになると思うけれど、今回の『fable』では、自分がそういうことをしたいんだということを再確認した。
今回は結構直接的な手段で演じたけれども。

昔から自分のからだを、視覚で見る姿とは違うものに感じている。
おとなになるまで男の子にしか見られなかったからかもしれない、いつも自分を醜くてみっともないものだと思い込んでいたからかもしれない。
私は自分のことをすごく大きく感じていて、ごつごつした幹みたいな身体をしているように感じているから、スカートを履いたり飾ったりするのがいまだになんだか恥ずかしい。
人前で鏡を見たりすることもずっと恥ずかしかったし、女性と接するのも緊張する。
鏡で見たら自分がどんな外見なのか分かるし、そんなに大きくないこともわかっているのに、私の感覚の中ではわたしは相変わらず醜くて、ひどく大きくて、不格好で、恥ずかしい。
このちぐはぐな感覚をもったわたしのからだというものは何なのか、ということをずっと考えている。


6〜8日
ストームが来て閉じ込められることが多かったのと、とにかくここは稽古をしていたのか、あまり覚えがない。
HさんやNさんが稽古の準備を手伝ってくれて、随分助かった。


9日
Nさんが主催するレイキャビクのライブに私も参加させてもらうことに。
レイキャビクまでの道のりはひどい吹雪で、直前の車のテールランプしか見えないという危ない状況だった。
『Fable』をフルバージョンでもう一度踊れるので張り切る。
ライブは段取り通りには行かなかったけれど、なかなかスリリングで良かったんじゃないかな。このメンバーならもうちょっと魔法がかかったことも出来た気がするけれど、でも悪くなかった。
レイキャビクからの帰り、私たちが普段いる半島がまるまる巨大な雪煙に包まれているのを見る。
やっぱりあそこは特別な天気の場所なんだな。


10日
明日は1ヶ月かけてきた作品の本番なのだけれど、それを見ることができないAさんとNさんがゲネを見に来てくれる。
リハーサルはだめであることが往々にしてあるが(そういうことじゃだめなのだけれど)、ほんとうに全くだめで、せっかく見てもらったのに大変申し訳なかった。
少々落ち込むが、リハーサルがだめだと本番は良いので、それを信じてくよくよしすぎず寝る。
ほんとに、このぎりぎりとか危機的状況とか最後の最後、みたいなことでしか本能を発揮できない性質をなんとかしたい。


11日
JとAとの作品は、Jの即興的な衣装やビジュアルセンスのおかげで印象的でうつくしいものになった。
気持ちを切り替えて夜の、Sとの本番に挑む。
これまで照明や吊りものを毎回セッティングしては外し、を繰り返してきたので、傷んだ線はないか、切れている箇所はないかとチェックしながら3時間くらいかけてセットをする。
そのあいだ、ちょっと身体を休めたり眠ったり今までのリハーサルのビデオを見たりする。
お客さんがくる1時間前からは身体のアップをして、暗くなりゆく部屋のなかでただうろうろした。どうやって踊るかなんてもう考えても仕方がない。そんなことはもう考えない。ただ歩き回ることで足の裏のことを考えたり、いかに今の瞬間のものごとを深く細かく切り込んでゆくか、ひとりで孤独に海際を走った日のことを思い出したり、獲物を狩るヒョウの姿を思い出したり、恐ろしく広い宇宙のことを考えたりした。
それから、怒りについて考えたりした。

本番はまあまあ及第点だったと思う。
すべて終わってほっとする。


12日
今日はもう私はお客さんに徹するだけだ。
そう思った途端にすべての緊張感が抜けたのか、昨夜あたりからお腹を下して熱が出ていた。でももう終わったから構わない。知恵熱が出るのはいつものことだ。
今日こそ他のみんなの演目を見るぞ!と張り切っていたが、ストームのため大半の演目が中止。
大トリのJの作品を燃やして周りで踊る、というイベントすら中止になってしまった。ほんとうに気の毒すぎる。
なにもないなら、おうちで寝ていよう…と私は家に帰る。
そこから私はこんこんと熱で眠り込むのだが、その間にバスでアーティストたちの作品を見に行った方々は嵐に巻き込まれてバスが雪でストップ、結局6時間も足止めされてレスキューされる…という事件があったのでした。
みんな無事でよかった。


13日
睡眠と、準備で一日が終わる。
夕飯を食べに行ったらカサブランカに残っているのはほんの数名だった。
さみしいね、と言いながらも最後に一緒にいられることを大事に思う。
最後の夜はNさんとSちゃんが家に来てくれて、ちびちび飲む。
わたしのイエガーマイスターがもう切れていたのでちょっと残念だった。

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