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完璧な日曜日


「完璧な日曜日の反対語、って何だろうね」
 ヒロが突拍子もないことを言うのには慣れていたはずだった。不思議ちゃんを気取るわけでもなく、突然おかしなことを言うのは、知り合った頃からのことで、美しい眉根に皺を寄せて、ぽつりと呟く言葉は、天啓のように私の心を直撃し、ヒロの魅力を増量させた。 
 全身から嫌な汗が噴き出た。ここで、「不完全な水曜日」などと凡庸な言葉を吐いたら、捨てられるのは目に見えていた。そもそも、日曜日の反対が水曜日なのかどうかも分からない。今は、ようやく手に入れた初めての共寝の夜であり、私の答え次第で今後のお呼びが掛かるかどうか決まるのは間違い無い。ヒロと同衾したい者など、有楽町のチャンスセンターに年末ジャンボを買うために並ぶ列ほどはいるだろう。母の世代なら、日劇を何周も、と例えるかもしれない。汗が背中を伝った。1時間ほど前には、狂おしくその指先が背骨を辿り、褥に倒れ込んだというのに。ヒロは、けだるく答えを待っている。
 今から、飲みかけの白ワインに薬を入れてヒロを眠らせ、朝までに闇市に反対語を買いに行こうかとも考えたが、最近はどこからか輸入されている、質が良くない模造品も混じっているといい、「パリピなニュウトーキョー」などという似て非なる反対語でも掴まされたら、目も当てられない。
 「ねえ、しほ。完璧な日曜日、の反対語は?」
 「好きになって良いですか、じゃない?」
 月が綺麗ですねを異訳したという逸話を頂いた。実はノープランだ。
 「なんで?」
 「完璧だともう後がないでしょう。だから反対はこれから始まる、ってこと。日曜日は一週間の終わりであり始まり、ここからはじめたいの。ヒロ、わたしと付き合って」
 答えは唇で封じ込めた。(了)

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