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編みキノコ 不倫小説 「愛と胞子」 (短編)

「前略 皆様方 初夏の足音が待ち遠しいこの頃、皆様におかれましてはご健勝のことと存じます。 まず皆様に私はお詫び申し上げなければなりません。私がいなくなりましたのは皆様がどこかで思われている通り、旅行ではないのです。 私は皆様の前から逃げ出したのです。

「 『私がザルの上から生えているには理由があるのです』 などと思わせぶりなことを口にしたあと急に逃げ出してしまうなど編みキノコの風上にもおけぬ、とお怒りの方もあるのは無理もないことと私も思っております。

「そのことに関してはひたすらにお詫び申し上げなくてはいけないと思っております。 ただ、もしお時間をいただけるなら私の秘密を聴いていただくことはできますでしょうか。 聴いていただいた上で、それでも許さん、という方がいらっしゃった時には焼きキノコでも干しキノコでもいかようにでも身をふりたく存じます。

「私の秘密というのは、出自のことでございます。 生まれのことでございます。 ことに、皆様の前で舌が滑ったかのようにポロリと申し上げてしまった、ザルの上から私が生えることになりました経緯でございます…… ああ…… なんと申し上げればよいのでしょうか。 近代文明も極まり、科学が新たな段階に突入しようとしている現代で、時代錯誤なことを言うやつだとお笑いになる方がいらっしゃるかもしれませんが、私は言わば呪われた子、外道の子なのでございます。

「何から話せばよいのか浅薄な私ではわかるすべもございませんが、結果から申し上げれば、私は実は編みキノコと人間との相愛のもとに生えてまいりましたのでございます。 編みキノコと人間との恋。 皆様はそんなものはない、と鼻で笑われるかもしれませんが、私の母にあたります編みキノコと父にあたります人間の男性にとっては世界が転覆するほどの一大事でございましたことには違いありません。 人から聞いたところによりますと若い頃の母編みキノコは綺麗な糸で編まれた素敵な編みキノコだったそうでございます。人間の父は、どんなお仕事をされているのか伝え聞いておりませんが、母を手術したことがあるお方と聞いておりますから、お医者さまなのでしょうか。私にはわかるすべもございません。


(手術中の母と思われる写真)


「いずれにいたしましても、母編みキノコと父人間が恋に落ちましたのは、父が母の手術をしたすぐ後のことだそうです。 術後の経過を観察しに母の病室に入った父は母を見て雷にうたれたようになったそうでございます。 同時に、病室のベッドで寝ていた母編みキノコは父の姿を見た時に、ついついぽふん、と胞子が飛んでしまったとのことです。

「その日から母編みキノコと父人間の幸せと背徳の入り混じりました地獄の日々が始まりました。それはそうです。 かたや編みキノコ。 かたや人間。 それは社会には受けいれられがたい組み合わせでございます。

「それにも増して具合の悪かったのは、父人間が妻帯者であったことでございます。 父人間の妻はもちろん人間でございました。父人間は妻人間に知られぬよう母編みキノコと逢瀬を重ね、母編みキノコは妻人間に引け目を感じながらも運命の出会いの持つ吸引力の前では、どうすることもできなかったのでございます。

「しかし、そんな仮初めの日々は長くは続かないのが世の常というもの。 父人間と母編みキノコも例に漏れず、噂が噂を呼んで誰も語りはしないものの二人の仲は公然の事実となってしまったそうなのです。 そんな父人間と母編みキノコのことを馬鹿だと蔑まれる方もいらっしゃると思います。 世の倫理を踏みにじっているからこそ不倫と呼ばれる仲でございますから、そのような侮蔑を受けますのも仕方のないことでございます。

「されど、願わくば父人間を、そして母編みキノコを、お責めにならないでいただきたいと思ってしまいますのは私のわがままでございましょうか。 父人間も人間でございます。 母編みキノコも編みキノコなのです。 そのようなめぐり合わせがなければ、徳に背を向け、倫理を踏みにじることもなかったのではと思ってしまいますのは、その血を引いた私のわがままでございましょうか。

「とまれ、社会はそんな2人を許しはいたしません。 周囲の無言の圧力に、父人間と母編みキノコは追い詰められてしまったのです。とうとう 父人間は一枚のザルを持ってきました。 父人間は何も語りませんでしたが、その目は『さあ、このザルに乗りなさい。私はあなたの乗ったザルを手に逃げようと思う。2人でどこか遠くへ行こう。そして新しい生活を始めよう。さあ、ザルに乗りなさい』と語っていました。 母編みキノコはそんな父人間の心持ちを全て分かっていたそうです。

「母編みキノコは差し出されたザルの上に乗ると、正座をして、ぽふんと胞子をまき散らしたそうです。 母編みキノコも何も口を開きませんでしたが、その胞子が『もうこれ以上はいけません。私たちは元に戻らなければなりません。人間は人間に。編みキノコは編みキノコに』と語っているのは、父人間の目にも明白だったそうです。母編みキノコのその振る舞いからして強い意志力を感じた父人間は『嗚呼、我々もここまでか』とはらりはらりと涙を流したそうでございます。

「ぽふん。はらり。ぽふん。はらり。あたりには母編みキノコの胞子が舞い、父人間の落涙がザルを濡らしました。ぽふん。はらりはらり……皆様はもうお気付きのことでしょう。この胞子こそ私の存在の根源となり、そしてこの涙こそ私を育て養った湿気となったのでございます。嗚呼、私は呪われた子供でございます……いえいえ、自らの不遇に嘆をかこっているのではございませぬ。ただただ母編みキノコと父人間の種を超えた愛情と社会常識の冷たさとのすき間に生まれました日常の地獄に想いを馳せますと、私の存在がその地獄から生え出た一輪のあだ花のように思えるのでございます。

「とまれ、母編みキノコと父人間は一晩で一生の分と思えるほどの胞子や涙を出し切り、それぞれの生活へ戻って行きました。母編みキノコは編みキノコの生活に。父人間は人間の生活に。伝え聞いたところによりますと、母編みキノコはとあるテレビの上に生えなおしているそうでございます。と、いいますのもそこからは時々、父人間の生活を垣間見ることができるからだそうでございます。そんな場所に生えなおしているというのは父人間のことが忘れられないからに違いありません。

(母と思われる編みキノコの写真)

「そんな母編みキノコの心境を考えますと、身がちぎれそうな哀しさを感じます。父人間についてはそれ以上のことは伝え聞いておりません……長くなりましたが以上が私のザルに生えましたるその経緯でございます。長い割にはさほど面白くもない私の出自につきまして、おつきあいいただきましたこと、本当にありがとうございます。皆様方におかれましてはさらなる発展を願っております。ザル編みキノコ拝」​


〈終劇〉


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