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AI結婚相談所

あるところに、若い男とその両親がいた。

容姿端麗で仕事も出来、人望もあって、言う事なしというどこからどうみてもスーパー完璧人間なその息子を、両親は誇りに思っていた。
だが実は、超が付くほどの引っ込み思案で人と話すことがとっても苦手で、二人はそのことを心から不憫に思い、心配でたまらなかった。

大手商社の営業という花形にいる息子は、取引先を相手に饒舌な話術と巧みな戦術で相手の心を掴むエース級の仕事ぶりを発揮するというのに、仕事から離れると途端に無口になってしまうのだ。

そうして二人は、代わりに婚活することを思いついた。

自分たちの時代とは違って、今は様々な婚活サービスが飽きるぐらい充実している。
その中で二人は、ある結婚相談所に不思議と目を惹かれた。
早速、二人は渋々の息子を連れて、行ってみることにした。

そこは今、最新のAIを使ってお相手を探してくれるのだという。
案内された部屋に入ると、そこにはパソコンが一台、画面が開いた状態で置いてある。
そこに映っているのは、仲介人と名乗る、まるで美少女キャラばりのバーチャル女性だ。

「はじめまして。バーチャル仲介人をしております、モチャ子と呼んでください」
「は、はじめまして…」
「…」

まるでアニメのキャラクターと会話しているかのような感覚に若干戸惑いを覚えつつも、三人は用意された椅子に腰掛けた。

早速モチャ子は、屈託のない笑顔で幾つかの質問を投げかけてきた。
事前に提出した息子のプロフィールシートと好きなタイプや食べ物といったアピールシートを一緒に確認しながら、一通りの流れについて説明を受ける。
モチャ子は私たちの緊張をほぐすように、気さくに話しかけてくる。

「こちらには、家族揃ってこられる方も珍しくないんですよ」
「あら、そうなの」
「こういうところは初めてなもので、私たちも最初は不安だったんですよ。でもあなたのような聡明な方が仲介してくださるなら安心だな、母さん」
「えぇ、そうね。キミちゃんもどう?」
「あ、あぁ…」
高身長を隠すような猫背の息子は終始俯いてばかりで、さっきからそれだけしか言葉を発さない。

こうして、少しばかりの雑談を交わした後、早速一組目を紹介してもらった。
プロフィール写真を見せてもらうと、地味に見えるものの真面目で素直そうな雰囲気に好感を持った。
仕事は安定の公務員だし、趣味は音楽鑑賞というごく普通のなんてことない
私たちは俄然乗り気となり、早速会う段取りをつけてもらった。

ところが翌日、モチャ子からの電話がかかってきた。

なんと相手の女性が、会うことを拒絶してきたのだというのだ。
話によると、息子の容姿端麗さにビビり、自分には相応しくない、申し訳ないが、今回の話はなかったことにしてほしいと声を震わせながら伝えてきたのだという。

繰り返し発せられるアニメ声の謝罪文言が、まるで頭に入ってこなかったが、相手の人がそう言うならばしかたないと二人は納得した。
同時にそれだけの容姿を持ち合わせているというのに、なぜここまでの引っ込み思案となってしまったのか、親としてなんだか居たたまれない気持ちとなった。

それ以降、良いなと思う相手がいても、会う直前になってダメになる、の繰り返しが幾度となく起こるようになった。
だがとうの息子は、特に残念そうな素振りを見せることもなく、休日は相変わらず、趣味のゲーム同好会があるからと夜遅くまで出かけていく。

自分たち亡き後の息子が心配でたまらず、私たちは日夜やきもきし、時には枕を涙で濡らし、モチャ子にも心の内をぶつけた。

モチャ子は変わらないアニメ声で相づちし、アイドルばりに体を揺らしながらも、ひたすら話を聞いてくれた。
そのことが、二人にとっては平穏なひとときであり、悩みを分かってくれていると心から安堵する時間だったのだ。

だから息子からの突然の告白は、訳が分からなかった。

「ちょっと、言わなきゃいけないことがあって…」
そう遠慮がちに、息子が切り出してきたことは、私たちの想像を斜め70度くらい突っ切ってきた。

実は、生身の女性に触れることが出来ず、二次元しか愛せない。
そんな中、モチャ子と出会ってしまい、まるで雷が落ちたような衝撃に打たれ、瞬く間に恋に落ちてしまった。
どうやら向こうも、俺に好意を持ってくれているようだった。

だが熱心に俺の婚活をサポートしてくれている両親のことを思うと、言えなかった。
だが気持ちが収まらず、俺はモチャ子と外でも会うようになった。
相手女性からの度重なるキャンセルのことだが、彼女たちから断られたというのは嘘で、モチャ子と会えなくなるのが嫌で、俺からお願いして断ってもらった。
今でも巻き込んでしまったお相手の人たちには申し訳なさでいっぱいだ。
だが、自分の気持ちは変わらない。
これからはモチャ子と一生を共にしていきたい。

そう、涙ながらに打ち明けられたのだった。

この数ヶ月、息子なりに苦しんできたのだろう。
そのただならぬ様相に、私たちは一言も言葉を発することが出来なかった。

まるで、悪い夢を見ているようだった。

そうして息子は、家を出てしまった。
モチャ子のそばにいたいからと、時間の融通が利く仕事に転職し、家から遠く離れたワンルームでは日夜、常に彼女が住んでいるというモニターにかじりついているのだという。

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