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創作童話『灰色の空』


太陽が照り輝き、青い海は静かに揺れています。
町にある高台からは、ミカンやレモンの木々が見下ろせます。
その高台にある新しい家に、ユミたち家族は引っ越してきました。



ピカピカの家はとても広く、ユミと三歳下の妹にはそれぞれの部屋が与えられました。
前の家では妹と同じ部屋だったので、一人部屋ができて嬉しい反面、妹と離れた寂しさもありました。



庭に出ると、あたたかい風がユミを包みます。
雪国で育ったユミにとって、新しい町は景色も匂いも何もかもが故郷と違っていて、明るい太陽とは裏腹に、ユミの心は不安で少し曇っていました。



ユミは、前に住んでいた雪国の空を思い出しました。
冬になると、見える景色はどこまでも灰色に染まり、雪がチラチラと舞う、故郷の空。
そんな空は、悲しい気持ちや辛い気持ちを代わりに表してくれているようで、ユミは嫌いじゃありませんでした。



それに、寒い冬を耐えて咲く椿や梅の花の美しさも、ユミは知っていました。
長い冬を乗り越えてやってくる春の喜びは、ひとしおです。



冬のあとには春が来るように、悲しみのあとには喜びが待ってる、とユミに教えてくれたのはおばあちゃんでした。
ユミが泣いたり落ち込んだりしていると、どんなに冬が長く思えても、必ずそのあと春が来るのだよ、とおばあちゃんはユミを励ましてくれたものでした。
なのでユミは、悲しいことが続くときは、いまは冬なのだ、と思って踏ん張ることにしていました。



あたたかい町での新しい暮らしも、ユミにとっては冬でした。
仲の良かった友達と離れ離れになり、ユミの心にはポッカリと穴が開いてしまったようでした。
しかし、その冬は、ユミが思っていたよりも早く終わりを告げました。
転校生として迎えられたユミはあっという間に友達ができ、海辺で遊んだり果樹園を訪れたり、雪国ではできなかった新しい出会いをどんどん楽しんでいきました。
やがてその町のように、ユミの心はポカポカと春の陽気のようになりました。



さて、ユミは故郷の一番の仲良しのカオリちゃんに宛てて、ある日手紙を書いてみました。
新しい町のこと、自分の部屋ができたこと、海の様子や美味しい果物のこと、あっという間に便箋四枚分を書き上げてしまいました。



二ヶ月ほど経ち、カオリちゃんから返事の手紙が届きました。
その手紙には、ユミがいなくなってとても寂しい、けれども元気そうで安心した、と書かれていました。
故郷の友達についても書いてくれていて、懐かしい名前の数々にユミは胸がいっぱいになりました。



ユミはそれから数ヶ月に一度、カオリちゃんに宛てて手紙を書きました。
こちらで流行っている遊びのこと、新しく始めた習い事のこと、最近読んだ本のこと、カオリちゃんへの質問…いつも書くことはたくさんありました。
カオリちゃんからも、数ヶ月に一度、返事が届きました。
カオリちゃんはいつも丁寧な字で、ユミの手紙への感想や質問への答えを書いてくれていました。
新年には、二人は手紙とは別に年賀状を送り合いました。
遠く離れていても、カオリちゃんの字から伝わる変わらない温もりが嬉しくて、ユミは手紙を書き続けました。



しかし、あるときパタリと、カオリちゃんからの手紙が来なくなりました。
三ヶ月、半年経っても返事はなく、ユミは少し不安になりました。
出した手紙が届いてないのかしら、カオリちゃんになにかあったのかしら、もしかして、嫌われちゃったかしら…
色々な考えが頭の中を駆けめぐり、ユミは心がザワザワとしました。



秋になり、カオリちゃんから手紙ではなく一枚のハガキが届きました。
「来年は、カオリちゃんには年賀状を書かないようにね。」
お母さんがハガキを見て言いました。
「どうして?」
「カオリちゃん、お母さんが亡くなったのよ。」
ユミは言葉が出ませんでした。
ハガキには一言、またお手紙を書くね、とカオリちゃんのいつもの綺麗な字で書かれていました。



ユミはカオリちゃんに会いたくてたまらなくなりました。
お母さんが亡くなってしまってどんなに辛いか、想像してみてもユミには分かりませんでした。
側にいることしかできなくても、一緒に春が来るのを待ちたい、そう思いました。



思いを巡らせているうちに、
「そうだ、カオリちゃんはいま、冬を耐えてるんだ」
とユミは気がつきました。
きっと、ユミも経験したことのないくらい、長くて苦しい冬です。
灰色の空が、どこまでもカオリちゃんの心を覆っているでしょう。
でも、どんなに遠く思えても、カオリちゃんのところにもまた春はやってきます。
そうしたら、カオリちゃんは再び手紙を書いてくれるはずです。



ユミは、カオリちゃんが冬を越えられるよう、辛抱強く待つことにしました。
眩しいほどの輝く青空に、何度も何度もお祈りしました。




おしまい

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