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創作童話『星を見つけて』


「星を取りに行こう!」
チェスターは部屋のドアを勢いよく開け放つと同時に言いました。
「星だって?」
もう眠りにつこうとしていたルイスは、目をこすりながら尋ねました。
「星なんて、どうやって取りに行くのさ」
「こっちへきて!」
チェスターはルイスの手を引き、外へ連れ出しました。



家の外に出ると、そこには一台の自転車が置いてありました。
二人乗りで、真っ白な羽がついています。
「お父さんに内緒で、こっそり作ったのさ。今日完成したんだよ」
チェスターは得意げに言いました。チェスターの家は代々発明家です。
「わぁ、すごい!これ、空を飛べるのかい?」
ルイスは目を輝かせながら言いました。
すっかり眠気は吹き飛んだようです。
「それはこれから試すのさ。きみは、空を飛んでみたいと言っていただろう?」
ずっと前にした夢の話をチェスターが覚えていてくれて、ルイスは嬉しくなりました。
チェスターは自転車の前の方にまたがりました。
「さぁ、ルイスは後ろに乗って!」



ルイスが自転車にまたがると、チェスターが言いました。
「よし、いくよ!せーのっ」
ふたりがペダルを踏み込むと、自転車はゆっくりと動き、やがて走り出しました。
ここまでは、普通の自転車と変わらない様子です。
しばらくそのまま走り続けたところで、チェスターが言いました。
「いまから飛ぶよ!そのまま漕ぎ続けて!」
チェスターがハンドルのギアを回すと、白い羽がパタパタと動き始め、それは次第に大きくなりました。
そして、ふわっと地面から離れ、飛び始めました。
「すごい!飛んだ!ぼくらいま飛んでるよ!」
ルイスは興奮気味に、それでも自転車を漕ぐ足を止めずに言いました。
「やった!成功だ!」
チェスターはルイスの方を振り向き笑って言いました。




自転車は高く高く上っていき、ふたりの住む街の上を飛んでいきます。
寝静まった街はとても静かで、明かりはぽつぽつとついているだけです。
「空を飛ぶって、気持ちがいいねぇチェスター!夢のようだよ!」
「この自転車を作るのに、8ヶ月もかかったのさ。一番最初にきみを乗せるって決めていたんだよ」
「きみは街一番の発明家だよ!」
夜の空に、ふたりの笑い声だけが響き渡ります。



「さぁ、もっと高く飛んで、星を取りに行こう!」
チェスターはそういうと、またハンドルのギアをカチカチと回しました。
羽の動きが大きく早くなり、自転車はすいすいと高く飛んでいきます。



「もっと力強く漕いで!」
ふたりは一生懸命にペダルをふみます。
だんだんと息切れし、汗が滴り落ちてきました。
まるで長くて急な坂道をいそいで登っているようです。
「チェスター、これ以上は漕げないよ」
ルイスはひぃひぃ言いながらチェスターに声をかけました。
「そんなんじゃ星を取れないよ」
そう答えるチェスターの足も、だんだん動きが遅くなっていきます。



自転車は、街で一番高い建物である時計台の上を通り過ぎましたが、それ以上高くは飛びません。
ふたりはもう汗だくです。
「今日はもう、諦めようか」
しばらく経ってからチェスターが言い、ルイスはホッとしました。
チェスターのことだから、朝日が昇るまで続けるのではないかと不安だったのです。
自転車は速度を落とし、だんだんと街へ降りていきました。



ルイスを家の前まで送ってから、チェスターは言いました。
「きっとこの自転車は未完成なんだ。調節して、明日また来るよ」
ルイスはうん、とだけ頷きました。
またあんな大変な思いをするのかと内心嫌でしたが、チェスターの夢を壊したくなかったのです。
「おやすみ、ルイス」
「おやすみ、チェスター」



次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、ふたりは夜中に自転車を漕ぎました。
月明かりがふたりを照らし、自転車の羽ばたく音とふたりの息切れだけが聞こえます。
しかし、どんなにチェスターが自転車を直しても、時計台のてっぺんより高く飛べることはありませんでした。



「もう、諦めようよ」
ある日、いつものように空を飛んだあと、ルイスは言いました。
「きっと星は取れないよ。けど、飛べるだけでも、その自転車は素晴らしいじゃないか」 
チェスターは何も言わず、俯いて地面を見つめています。
しばらくしてスッと自転車にまたがると、くるりと後ろを向きました。
「おやすみ、ルイス」
そう言ってチェスターは走り去っていきました。



その次の夜、いくら待ってもチェスターは来ませんでした。
ルイスはソワソワして眠れません。
窓から夜空を見ると、星たちがキラキラと光り輝いています。
ルイスは、ふたりで夜空を飛んだことを思い出していました。
近くに見える星たちには、どうやったって届きません。
それでもルイスには、あの時間がとても特別で素晴らしいことに思えたのです。
そうこうしているうちに、朝日が顔を出したのでした。



「星を届けにきたよ!」
ルイスはチェスターの部屋のドアを勢いよく開け放ち、言いました。
待てど暮らせどチェスターが姿を現さないので、居ても立っても居られなくなったのです。
チェスターは一瞬驚いた顔をしましたが、すぐに目を逸らし言いました。
「何言ってるんだ。星なんて、どうやったって手に入らないよ」
「いいから、こっちへきて!」
ルイスはチェスターの手を引き、下の階へ連れていました。



ふたりが下の階へいくと、テーブルの上に色とりどりの星たちが並んでいました。
あか、あお、きいろ…みどりの星もあります。
チェスターは目を丸くして言いました。
「どうしたんだい?こんな数の星たち」
「きれいでしょう。でもこれは、クッキーなんだ。アイシングで色をつけたけどね」
ルイスは照れくさそうに笑いながら言いました。
ルイスの家は代々お菓子屋さんです。
「きみは僕の夢を叶えてくれた。きみと一緒に空を飛んでいるだけで、僕はすごく幸せだったんだ。だから、きみと過ごせなくなるのは嫌だよ」



「僕にはこれくらいしかできないけど、ちょっとでもきみの夢を叶えたかったんだ」
チェスターは何も言わず俯いています。
ルイスはクッキーをひとつ掴むと、チェスターに渡しました。
「これからまた夢ができたとき、きみに一番に話すよ。だからきみにも、僕に一番最初に教えてほしいな」
ルイスがそう言うと、チェスターは顔を上げクッキーを頬張りました。
涙が流れていますが、笑っています。
「さすがルイス、きみは街一番のお菓子職人だ」



それからというもの、ふたりは夜になるとチェスターの作った自転車にまたがり、空を飛ぶのでした。
もう星を目指したりはしません。その代わり、心の中にある夢の話をたくさんします。
そして家に帰ると、チェスターの作ったお菓子がふたりを待っているのでした。



おしまい

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