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創作童話『閏年』 #シロクマ文芸部


「閏年だね、今年は。」
ホームルームの時間に配られた2月の給食の献立表を眺めながら、ユッコが言いました。
放課後の教室には、もうエリとユッコしか残っていませんでした。
「うん。」
「29日は、フルーツヨーグルトが出るって。やったぁ!」
「よかったね。」
「エリちゃんは、どの日のメニューが好き?」
ユッコがそう言うと、エリはようやく読んでいた本から顔を上げました。
机の上に乗せられた献立表をちらと見て、エリは「これ。」と半ば適当に真ん中らへんの日付を指差しました。
「焼きそばかぁ。ソースもいいけど、私は塩焼きそばも好き。」
「うん。」
エリの目は、また手元の本に戻っていました。
その後もユッコはお喋りを続けていましたが、エリは本に夢中でほとんど聞いていませんでした。
いつもの光景です。



エリは本の虫でした。
少しでも時間があれば本を開き、その世界に没頭します。
つまらない授業のときはもちろん、給食の時間も惜しいくらい、読むことが好きでした。
そんなエリは、同級生の女子からは「ノリが悪い」と煙たがられていました。
入学したての頃は、エリも友達を作ろうと努力していました。
しかし、いつも本のことを考えてしまい、みんなの恋愛話や先輩の噂話などについていけなくなり、次第に孤立するようになりました。
エリにしてみれば、ゾロゾロと一緒にトイレに行ったりするのは訳がわからなかったし、そのようなノリに付き合うくらいなら、本を読んでいる方が何倍も良いということに気がつき、割り切って友達ごっこをやめたのです。



学年が上がり、新しいクラスに変わっても、それは同じことでした。
みんなが新しく仲間を作ろうと躍起になっている間も、エリは一人でいることを好み、教室の隅でいつも本を読んでいました。
「変わり者」と言われても、エリは気にしないようにしていました。
しかし、ヒソヒソと陰口を叩かれるのはやはり良い気分ではなく、次第に心に壁を作るようになりました。
その壁を壊してきたのが、ユッコでした。




「何を読んでるの?」
最初はそんな一言から始まった気がします。
エリの前の席に座っていたユッコは、昼休みに突然話しかけてきたのです。
「…本。」
エリは話しかけられたことに驚きつつ、わざとそっけなく答えました。
友達ごっこは懲り懲りだったからです。
「それは見たら分かるよぉ。」
ユッコはそんなエリの態度を気にする様子もなく、キャッキャッと笑い、その後は質問攻めでした。
「どんな本?作者はだぁれ?図書室で借りられるの?」
戸惑いつつも、目をキラキラさせながら尋ねてくるユッコを前にして、エリは渋々質問に答えていきました。
エリのこと、エリの読んでいる本に興味を持ってくれたのは、ユッコが初めてでした。



これは後から知ったことですが、小さい頃に絵本を読んだのが最後で、ユッコは本なんて読まない子でした。
「エリちゃんに話しかけるきっかけが欲しかったの。」
あるとき当時をのことを尋ねると、ユッコは照れ臭そうにそう言ったのです。
それからというもの、昼休みや放課後になるとユッコはエリに話しかけ、席替えで二人が離れても、それは変わりませんでした。
エリは、ちゃんと話を聞くときもあれば、本に夢中で流すときもありましたが、ユッコはそれでも構わないのでした。



ガラガラと教室のドアの開く音がし、吹奏楽部の子たちがパート練習のために教室に入ってきました。
「そろそろ帰ろうか。」
「うん。」
二人の家は、学校を出て真逆の方面でした。
「今日も、エリちゃん家まで付いてっていい?」
「うん。」
これも、いつものことでした。
西日が差し、並んだ二人の影がゆらゆらと揺れます。
歩いているときは本を読まない分、エリもたくさん喋りました。
新しく買った本のこと、家族のこと、ムカつく同級生のこと…
これはあるとき気がついたのですが、ユッコは誰のことも悪く言わない、穏やかな子でした。
初めは、愚痴に同意してくれないことに腹を立てたりもしましたが、そういうユッコだから、いいんだな、とエリは今では思います。



「来年度も、同じクラスになれるかな。」
不意にユッコが言いました。
言われてみれば、もうすぐ最終学年になります。
エリは、ユッコのいない教室を想像してみました。
いつものように、教室の隅で本を読むに違いありませんが、ユッコのいない空間はがらんとしていて、なにかが欠けてしまったように思えます。
エリは急に寂しくなりました。
心のどこかで、休み時間のたびにそばに来てくれるユッコのことを待っている自分がいたことに、初めて気がつきました。
「…クラスが違っても、こうやって一緒に帰ればいいじゃん。」
寂しさがバレないように、エリはぶっきらぼうにそう言いました。
「うん…!そうだね、そうしよう!」
ユッコは嬉しそうに笑い、その笑顔を見て、エリもホッとしました。
アスファルトに、二人の影が長く伸びます。
この景色をずっと、見ていられたらいいのにな。エリはそう思いました。


おしまい



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小牧幸助さまの企画に参加させていただきました。

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