完璧主義には子育ては辛すぎる件 科学技術で自然は制御できない

親戚づきあいや近所づきあいもあまりない環境で育ったので、わたしは30歳を過ぎてから初めて、姉が産んだ赤ちゃんを抱っこしてミルクを与えた。初めて身近に、生命の塊のような赤ちゃんを感じ、日々成長していく姿に感動したものだ。
つまりわたしは、30過ぎまで子育てのやり方を自然に習得する機会はなかった。現代はそんな人ばかりなんじゃないかな。初めて抱っこする赤ちゃんが自分の子であるケースとかもあると思う。

さて成長の過程で子育てに触れる機会がない場合は、自分が親になるその時、どうやって子育てをしていけばいいのかわからないわけだ。異業種に転職して右も左もわからない中、イチから勉強しないといけない感じ。適当に扱ったら、赤ちゃんは死んでしまう可能性もある。

というわけで、身近に育児の先輩がいなければ、本とかネットとか通信教育とかで育児を勉強することになる。
育児書には、赤ちゃんのケアについて手取り足取り細かく記載されている。抱っこの仕方から始まり、授乳の仕方や、離乳食の進め方など。室温やお風呂の温度の適正範囲や、離乳食の時期ごと栄養素ごとの摂取重量、誉め方と叱り方、遊び方などなど、具体的な数値や事例で示されている。

それはそれは懇切丁寧な説明でありがたいんだけど、赤ちゃんの個人差も親の得意不得意もあるので、全部理想通りになんかならないわけだ。
そこでまあいいか、と思えると楽なんだろうけど、完璧主義の人だと「適切な子育てが出来ない自分はけしからん、どうしよう」となる。

育児書のQ&Aで、例えば、野菜を食べない子のお悩みへの回答で、型抜きを用いて見た目をかわいくしましょうとか書いてあったりするけど、そんな単純な事で解決しないからみんな悩んでいるわけだ。
イヤイヤ期には、気持ちを受け止めたら子どもが落ち着くとかアドバイスされていたりするけど、いったいどれだけ受け止め続ければいいのか?
理想的な在り方とトラブルへの対処の仕方の情報を与えられたうえで、その通りになる親子ってどれだけいるのかな。

そもそも育児書は、正しい手法を用いれば最善の結果が得られるという前提というか理想の元に書かれていると思うのだ。大げさに言えば、科学技術で自然を制御できるという考えだ。
それを信じて孤独な育児を進めたら、うまくいかないのは全て技術力のない自分のせいだとなって、自分を責めるしか道はなくなる。

わたしも、そもそも赤ちゃんという大いなる自然を親が制御しきれるものではないと気づくまで随分かかった。もっと早い時期に肩の力を抜けたら良かった。


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