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やりたいことはないが、不幸にはなりたくない

橘玲という作家がいる。

2002年に発行された「お金持ちになれる黄金の羽の拾い方」という本を、大学生のときに読んだ。アマゾンの紹介にあるように「黄金の羽根とは制度の歪みがもたらす幸運のこと」であり、特別な才能などなくてもこの世の中のルールを知り、その間隙(歪み)を賢く利用すれば、小さくない利益が自分のものになることを明らかにした本だった。なにやら姑息な考えに聞こえるが、社会に出る前の自分にとって、これから出ていく社会がどんなからくりなのかを、誰も捉えたことのない視点で捉えていて、刺激的だったのを覚えている。(2015年に新版が出ている。)

その後、新刊が出るたびよく買って読んでいた。「マネーロンダリング」は、同じく2002年に発表された「金融小説」で、経済的自由の獲得というテーマで「黄金の羽」とも繋がっている。

主人公は、ヒョロヒョロした日本人の30代の男で、やりたいことなんか何もない。いつも、一人部屋に寝転がって「天井のシミを見つめて」いるような男だ。遊びにもいかず、女もいない。いわゆる「草食系」のようにも聞こえるが、彼がいわゆる「草食系」と違うのは、金融に関する知識と制度の歪みを利用して香港に一億円の金融資産を持っていることだ。何を買いたい、何をやりたい、という野心はまるでない。しかし、誰からも干渉されることなく生きていきたい、という極めて消極的で尊大な自意識を香港にある「一億円」が支えていた。

加筆:上記は昔読んだ記憶で、色々細かく間違っていた。Kindleで読み直してみて気づいた。悪しからず。

その小説の中で、ある人物の回想で、その人物の母親があるひどい目に遭う回想が出てくる。私はその描写をみて、ひどい不快感を覚えた。正確にいえば、その人物の父親が、母親を助けられなかったこと、そういう事態を招き、打開する策も力もないその無力感を共有してしまったのだ。それは、当時やりたいことがなにもなかった自分に、強烈な危機感を呼び起こした。つまり、

「どうせやりたいことなんか何もないけど、不幸にはなりたくない。」

ということだ。そのためには力が必要で、あの小説の中の「父親」は、力を獲得できなかった場合の自分なのだと思った。あんな風には絶対になりたくないと思った。そして、この現実での「力」とは、すなわち金(カネ)のことだ。サバイバルするためには金が必要で、逆にいえば、金さえ持っていれば大半の不幸は避けることができる、と考えていた。

これは、非常に魅力的な考え方だった。なぜなら、やりたいことを無理に見つけなくてもいい、と考えられるからだ。不幸にならなければいい。そのためには力が必要で、力は金だ。シンプルだった。誰にもコントロールされたくない。満員電車で通勤したくない。好きなときに好きなものを食べたい。そういうことを可能にするには、金が要る、厳密にいえば「現金のもつ流動性」が要る。やりたいことが「今」なくても、やりたいことができたときに直ちにそれを実現できる流動性を持っていれば怖くない。だから、当面、金自体が目的になり得る。

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