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グッバイ・ビッチ

起業家という道を経て、今は二作目の出版を目指している橋本なずなです。

やるせない心を抱えていた。
母の四十九日、法事を終えた私は電車に揺られていた。

いつもよりも少し濃いメイクで、身体のラインが浮き出るニットを選んで、ジルスチュアートの香水を纏っていた。

目的はお酒でも、食事でもない。後腐れのない身体の関係。
誰でも良かった。私の過去や現状を知らず、余計な情けをかけられない相手ならば誰でも。

一人、ふらっと立ち寄った店で知り合ったのは30歳のお兄さん。
気さくで、面白くて、顔が好みで、会話の間合いも合った。

「 今夜はこの人にしよう 」そう思った。

お酒を交わしながらひとしきり話したところで、お兄さんは言った。

『 別のお店、行きますか? 』

“別のお店” が指すものが、別のお店ではないことは分かっていた。

お兄さんは含みのある上目遣いでこちらの返事を待っている。
それは、遊びを覚えた男と女の合言葉。

「 行きましょうか、別のお店、ね 」


軽いジャブとして大人な雰囲気のバーを一軒挟んだ後に、私たちはホテルの自動ドアをくぐった。

『 どの部屋にする?どれでも好きなの選んで良いよ 』
と、お兄さんが言う。

「 それ、百貨店に入っているジュエリーショップとか、お値の張る焼肉屋さんなんかで聞きたい言葉だな 」
と、心の中でつぶやく。

白とベージュを基調とした704号室。
部屋に入るやいなや、抑えていた欲求を吐き出すように私たちは激しく互いの唇を押し付けた。

勢いのまま始まってしまいそうなところに、私は冷静さを持ち込んだ。

「 …っと。シャワー、浴びよう? 」

私が浴室から出ると、先にシャワーを済ませたお兄さんが真っ裸でベッドに寝そべって、頭上で手を組み待っていた。

大胆というか、恥じらいの欠片も無い。
私は吹き出して笑って、ベッドに飛び込んだ。

———  事が終わると、私はお兄さんの腕に頭を乗せながら宙を見ていた。

二度はないというのに、終わった後もお兄さんは私を構っている。
私の胸に顔をうずくめたり、頬を撫でたり、キスをしたり、強く抱き締めてみたり。

私の頭の少し上で、お兄さんの声が響いていた。
何かを話していたけれど、何を言っていたのかは覚えていない。
私はまるで上の空で「 あー 」とか「 へー 」とか「 いいね 」なんて相槌を打っていたような、打っていないような。

私の心は持って行かれていた、虚しさでも、自己嫌悪でもない “何か” に。


それが何であるか。
気が付いたのは翌朝、自宅でシャワーを浴びている時だった。
浴槽の淵に置かれたJBLからはTWICEのLIKEYが流れていた。

———  もう、埋まらない。セックス程度じゃ、私の心にある溝は。

昨夜の情事は決して悪いものでは無かった。楽しい夜だった。
目的を達成するに相応しい相手だったし、お兄さんには何の文句も無い。

自らビッチであろうとしたし、私が私にそうすることを許してあげた。
昨夜の私にはセックスが必要だと思ったから。

ビッチだった18歳の頃のように、一時的にでも心が埋まれば良いと思った。

けれど、あの頃と違っていたのは、私の心にできた溝の深さだった。
あの頃に必死で埋めようとしていた心の溝は “セックスで埋められる程度のモノ” だったのだろうと思う。

しかし、あれから5年。
母の死に対峙した私は、もう、その程度では済まされないほどの溝を抱えているのだと気が付いた。

私の心をマグカップに例えれば、昨夜のセックスはカップの淵に積もった埃を払った程度で、カップの底にある核の部分には何も届いてはいなかった。

だから、楽しかった。虚しさもなく。けれども心は埋まらなかった。
私にとってセックスはもう、心を埋める行為として働かなくなっていた。


絶望的に思えた。
ビッチで居ることで埋まるくらいの溝であるなら、そのほうが良かったのではないかと思う。

しかし、私は妙に腑に落ち、納得していた。
「 そうか、こんなに呆気なく、ビッチって終わるんだな 」って。
一つの時代が終わりを告げた、静かでも確かな衝撃だった。

セックスで埋まらないなら恋愛? ——— 違う。

この溝を埋められるのは、私しか居ない。
どんな関係性であろうと、きっと他人がどうにかできることじゃない。

私がなりたい私を叶えて、仕事で成果を出してキャリアを築くこと。
自分で自分を労って、無条件に愛すること。

地道に、愚直に、それを続けて行くしかこの心は埋まらない。
私を救えるのは、私しか居ない。


ありがとう、ビッチ。
私を今日まで生かしてくれて。

誰が何と言おうとも、あの日あの時、ビッチという選択をしていなければ、私はここまで生きて来られなかっただろうから。
役目は十分に果たしたよ。本当に、ありがとう。お疲れ様。

グッバイ、ビッチ。

これからはこの身一つで歩んで行くよ。

● 併せて見たい ●

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