好きな人と食べる深夜のカップラーメン [前編]
起業家という道を経て、今は二作目の出版を目指している橋本なずなです。
——— 『 お前、ほんま強いな (笑) 』
私を真っ直ぐに見つめながら、照れ隠しするように笑って言った。
彼と出会ったのは今からちょうど一週間前のこと。
とあるメディアの撮影で疲弊していた私は、一人で飲みに出掛けていた。
母の死をきっかけに見繕った新居から、徒歩圏内にある小さなバー。
友人を待ちながらお酒を煽っていると、彼はやって来た。
今も鮮明に覚えている。カーキのブルゾンを羽織って、同系色のニット帽、その上にサングラスを引っ掛けて、緑色の小さなショルダーバックを持っていた。
横目に見ながら( お洒落な人だな~ )と思っていた。
私たちは軽く話をして、同い年であることが分かった。
彼は熊本出身で、兵庫県西宮の地を経て、今は大阪で整体師のお仕事をしているそうだ。
『 え、インスタ交換しようや! 』
「 いいよ、橋本なずなって調べたら出てくる 」
翌日、彼から < 昨日はありがとう! > とメッセージが届いて、私たちは幾つかのやり取りを交わした。
< ○○日空いてる?飲み行かん? >
彼から送られてきたそのメッセージに、私は目の色を変えた。
飲み屋で知り合った人との “また飲もう!” なんて社交辞令でしかないから、その殆どに二度はない。
だから彼も例に漏れず、再び昨夜のバーに行って、鉢合わせたら話す程度になるだろうと思っていた。
それなのに “何日に” と具体的な誘いをされたことに私は少し驚いた。
それから三日程やり取りが続いた頃、< 今日の夜ひま? > と彼が言った。
彼の家はうちからも近く、気軽に会える距離だった。
軽く飲みに行くことになり、私たちは夜遅くまで営業している焼き鳥屋さんで落ち合った。
グラスに霜が付くほどに冷やされたジョッキ、黄金に輝く液体を乾いた喉に流し込む。
「 くぅぅぅ…うっま 」
『 うまいねぇ 』
「 さぁ、何から話そうか 」
『 な、前は仕事の話くらいしかしてないもんな 』
「 じゃあ、出生から…(笑) 」
『 えーっと… 1999年〇月〇日○○時に、熊本で生まれました(笑) 』
「 時間まで覚えてんの!スゴい! 」
初めて二人で会って、私と彼はすぐに打ち解けた。
『 なんで、ここに越してきたん? 』
「 んー…実は今年の1月にね、お母さんが亡くなったんよ 」
「 元々のお家は一人で住むには広いし、家賃は高いしで、それで引っ越して来た 」
『 そうやったんや 』
こんな時、わざわざ正直に言わなくとも、適当な理由を付けて誤魔化す人も居るのかもしれないな。
嘘が付けない。何でも正直に話してしまうのが私の癖だ。
『 俺さ、親とは上手く行ってないんよ 』
唐突に、彼は神妙な面持ちで口を開いた。
彼は母子家庭の育ちで、年の離れた姉が二人いる。
離婚した父親からの勧めで関西へ出ることになったが、それに対して母親は肯定的でなかったそうだ。
ヒステリックな母親は、事ある毎に『 今まで育ててやったのに 』と彼に恩を着せた。二人の姉もそれに加勢した。
そして今は月5万円の仕送りを送ることで納得させていて、振込みを忘れていれば催促の連絡が来るのだと言う。
そんな経験から、彼は “お金を稼ぐこと” に執着があるそうだ。
今では整体師のお仕事も軌道に乗り、お金に困ることはないようだけれど、彼は身寄りも無く関西に出てきた頃のことを『 寂しかったけどやるしかないって、必死やった 』と語った。
焼き鳥屋さんを出ると、私は二軒目に行こうと誘った。
人気の静まり返った夜の街を彷徨って、二軒目、三軒目と飲み歩いた。
酔いはそれほど強くなかった。
というよりも、酔いたくないと思っていた。
酔うと、私は言葉をこぼして帰ってしまう。
目の前に居る人が私に掛けた優しい言葉も、アルコールに飲まれてどこかに落として来てしまう感覚が嫌いだった。
それが、大切にしたいと思う関係であればあるほど。
その日もたくさん飲んだけれど、私は彼の言葉をこぼさぬようにと、頭の中で何度も何度もセーブをした。
「 ありがとう、送ってくれて 」
『 うん、じゃあ… いや、んーーー、待って、ちょっと待って 』
「 ん? 」
『 ちょっと、良いから、こっち来て 』
家まで送り届けてくれたところで、彼は私を引き留めた。
『 まだ離れたくない 』
そう言って彼は私を抱き締めると、馴れた具合にキスをした。
「 あかんよ。引っ越したばっかりで、うちの中めっちゃ散らかってるし 」
——— 翌日、隣に眠る彼の寝顔とともに朝を迎えた。
( 後編につづく )
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