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【医療をめぐる本の話】Vol.2 医療に国境はない。『紛争地の看護師』

戦争が始まってしまった。まさか、こんな世界になるとは思わなかった。小学生の頃に、湾岸戦争が始まったというニュースをテレビで見てびっくりしたけれど、また戦争が起こるなんて。2000年になって20年以上も過ぎたというのに? 私たちは歴史から何を学んできたんだろう…と、言いようのないショックを受けている。

今、日本は平和だ。これからどうなるかは分からないけれど、そして二度と戦争が起こらないように、できるだけのことはしなければならないと思うけれど。今のところ戦争はしていない。でも、その一方で世界にはもう長いこと内戦が続いている国もある。そのことを私は全然分かっていなかった。短いニュースで見るだけの紛争地に、どんな人たちが住んでいて、どんな暮らしをしているのかを。

ロシアによるウクライナへの侵攻が始まり、毎日のように戦況が報道されるようになって、「もう一度読まなければ」と手に取った一冊がある。

『紛争地の看護師』白川優子・著(小学館)

それが、『紛争地の看護師』。
著者の白川優子さんは、看護師として2010年に「国境なき医師団」に参加してから、2018年までに17回の派遣に応じている。派遣される先は、ほとんどが紛争地だ。シリア、イエメン、イラク、南スーダン、パレスチナ……。常に命の危険にさらされながら、その場所でできる限りの医療を提供してきた。

病院からさほど遠くないところで空爆があり、銃撃戦がくり返される日々。そこで「国境なき医師団」の仲間たちと共に、人々の命を救う。それと同時に、助けたくても助けられない命もたくさんある。もっと言ってしまうと、たとえ命を助けられたとしても、紛争が続いている限り、その未来は決して明るいものではない。

でも、小さな希望もある。故郷を追われて避難生活中にもかかわらず、輸血用の献血を申し出る人たち。病院を攻撃されても、バックパックに医療物資を詰めて避難所を回る現地の医師たち。紛争中に産声をあげた赤ちゃんや、無邪気な笑顔を見せる子どもたち。白川さんは苦しい状況にあっても希望を見つけ、優しいまなざしを向ける。

報道にもならない場所で、医療を求めて(または医療が届かずに)泣いている人々の痛みや苦しみを見過ごすことは、やはり私にはできない。

口絵にある白川さんの笑顔の写真に、ハッとするほど惹き込まれるのは、「私が行かなければならない」という覚悟が見えるからかもしれない。たとえその後ろに、空爆を受けたのであろう、崩壊した建物が写っていても、その笑顔に曇りはない。どの国の、どの紛争地でも、患者の側でとびっきりの笑顔を浮かべている。

この本からあふれているのは、白川さんが紛争地に行くたびに感じている深い悲しみや、止まない争いへの絶望感。そしてそれ以上に、「なぜ戦争をするのだろう」という強い憤りだ。

この空爆をやめてほしい。
武器の生産をやめてほしい。
誰に言えば伝わる?
どこに発信すれば届く?
何回言えばよいのだ?

白川さんのこの問いかけを、願いを、祈りを、私も自分の胸に持っていたいと思う。そして今、この瞬間にも、紛争地で誰かを助けている人たちがいる。そのことだけは、忘れずにいたい。


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