無題

2つの地域で作るローカルメディア「SとN」制作者インタビュー (前編)

こんにちは、「〇〇と鎌倉」の狩野です。過去2回にわたり、国や自治体がこれまで進めてきた地域間交流の歴史を掘り下げました。さまざまな観点から地域間交流の意義が唱えられ、国や自治体主導で各種事業が行われてきたことがわかりましたが、”交流”という成果を図りづらい分野だからこその課題も見えてきました。過去2回の記事はこちら↓

一方で、地域と地域がつながり、これまでになかったような動きも各地で生まれつつあります。「◯◯と鎌倉」のnoteでは、そのような取り組みをしている方たちへのインタビューを通して、地域間交流の可能性を探っていきたいと思います。

インタビュー第1回は、「〇〇と鎌倉」と創刊時期が近く、名前も似ているローカルメディア「SとN」です。S(=佐賀)とN(=長崎)、つまりこれは佐賀県と長崎県が手を組んで作っているフリーマガジンなのです。

「SとN」
2022年の九州新幹線西九州ルートの開業に向け、地域の魅力をさらに磨き上げて発信しようと、佐賀県・長崎県の両県が連携して制作している観光情報誌。観光地だけに特化することなく、また県境を意識せず、広い視点で人々の暮らしを掘り下げて紹介している。2016年にスタートし、2019年春に3号目が発行された。
価格:無料
配布場所:関西圏・九州・首都圏の書店や雑貨店など、約230ヶ所
発行元:佐賀・長崎観光振興推進協議会 (佐賀県、長崎県、佐賀県観光連盟、長崎県観光連盟)
制作者:アートディレクション 有山達也
     編集 つるやももこ他

西日本中心に配布されていることもあり、関東の方はあまり目にしたことがないかもしれませんが、フルカラー140ページ程のボリュームとクオリティで、フリーマガジンとしては豪華すぎる一冊です。(↓創刊号の表紙)

今回は、編集統括をしている西日本新聞社出版部の末崎光裕さんにインタビューを行いました。実は末崎さんに初めてお会いしたのは、3年前に鎌倉で開催されていた本のイベント。その直後に発行したフリーペーパー『五島と鎌倉』を未だに末崎さんはデスクに置いてくれているということで嬉しい限りです! 個人的に長崎好きということもあり、「SとN」はずっと気になっていたので、お話を伺う機会を楽しみにしていました。

ー 「SとN」はそもそもどういう経緯で始まったのでしょうか?

末崎:2022年に九州新幹線西九州ルートが開通し、佐賀と長崎がますます注目されるであろう未来に向けて、2県による協議会が発足しました。その中で、「地元を周遊してもらうようなメディアをつくりたい」という話がでて、北九州でローカルメディア『雲のうえをつくったアートディレクターの有山達也さんに相談があり、内容が具体化していったという流れです。市町村レベルの交流はあっても、県で連携してメディアをつくるというのはレアケース。でも、佐賀と長崎は明治初期までは肥前国という一つの国だったんですよね。

― 観光PRを目的にしているということですが、いわゆる観光案内ではなく、地域で暮らす人たちのストーリーが丁寧に描かれている印象を受けます。観光名所などの情報がほとんどないことも面白いですが、どのような視点で編集しているのですが?

末崎:旅の楽しみって、見知らぬ土地の日常をふと感じるところにあると思うんですよね。だからこそ旅をする時に、観光スポットをめぐるだけではなくて地元の人に話しかけてもらえるようなきっかけをつくりたいという思いがありました。僕はタウン誌で働いていたこともあるのですが、ある頃から”人気”の情報を早く、たくさん載せれば満足するような風潮に変わり、それが悔しかったんですよね。
だから「SとN」では、それぞれの地域で暮らす人たちのありのままを紹介するスタンスを取っていて、そこにいる人をしっかり取材すれば、地域を超えた普遍的な物語が伝えられるのではないかと考えているんです。

ー 紹介するコンテンツはどのように決めていますか?

末崎:3号目までは両県がつながりをもっている場所、県境をまたぐ隣接地域に毎号フォーカスしています。1号目は佐賀と長崎を行き来する松浦鉄道、2号目は有明海、3号目は長崎街道。どちらかというと観光地ではなく、PRが手薄で九州の人でもなかなか訪れないようなエリアが多いので難しいところがある反面、なんでもできる面白さも制作側にはあります。1号目を読んだ京都の人が、新婚旅行で松浦鉄道に乗りに行ったという話を聞いた時はとてもうれしかったですね。

― 2つの県でつくっているということですが、「SとN」はどのようなメンバーとプロセスを経て出来上がるのですか?

末崎:「SとN」は主に関西に向けたプロモーションという側面が強いメディアです。だからこそ、「外の人が見たら」という目線を大切にして、私以外は、関西や関東在住のメンバーで制作をしています。
特徴的なのは、ロケハンからデザイナー、カメラマン、ライター、両県の職員の全員同行を徹底していることですね。みんなで雑談しながら、気まま旅しているような雰囲気もあり、ふと気になった風景や一言、道端で出会った人との縁がそのまま誌面に反映されています。わいわいと楽しそうにつくっているので、出版業界の人からはよく羨ましがられるんです(笑)。完成後に関西地区で開いているトークイベントやSNSのコメントでも、何人もの方から「取材に同行したい」と言われます。

私も「SとN」のInstagramをフォローしているのですが、本当に制作風景が旅そのものだなぁと感じていました。そして、果たしてどれだけの時間を費やしてつくっているんだろうと(笑)。(↓取材合間に両県の職員たちで)

― ロケハンに両県の職員が同行しているということは、佐賀県庁の担当者が長崎県に行くこともあるということですよね?

末崎:せっかくの連携事業なので全行程同行してもらっています。事業処理ほかさまざまな調整で大変な苦労をされているようですが(笑)。そもそも、一般の人は県境を意識せずに旅をしていますからね。県境を関所のようにして、「自県のロケハンや取材にだけ同行すれば良い」と線引きしてしまうのはもったいない。自治体が製作した観光パンフレットなども自分たちのエリアの外は地図が真っ白だったりすることが多いですが、観光客視点で考えたら、名所を起点に県境関係なく周辺エリアをグルっと巡れるようにした方がいいと思うんですよね。

また、外から集まっている制作チームだけが地域に詳しくなるのではあまり意味がなく、地元にいる人こそ地域のことをよく知るべきだと思うんですね。県の観光担当の方に聞いた話ですが、案内や同行取材で有名な観光スポットには100回以上行っているけれど、そのすぐ近くにどういう人たちが暮らしていて、どんな仕事をしているのかということを知る機会はほぼない、と。「SとN」の取材では、「知っているつもり」をやめて、ドアを開けてみよう、声をかけてみようという感じです。
旅行でも、「点から点へ」ではただの確認作業だったりしますよね。あまりに面白くてつい4時間もいちゃった、、という想定外の旅もいいじゃないですか。ロケハンや取材のときはさすがに、「次に行かなくていいんですか、、」って県の方からささやかれますけどね(笑)。こういう不安やクレームは全部僕のところに(笑)。

地域PRと言うと、自分の地域の情報をいかに発信するか、ということばかりにとらわれて、受け手の興味・関心や、その地域に期待されているものが見えなくなってしまうケースも少なくない気がします。そういう意味でも、異なる地域の人たちと一緒に地元をまわることは、地元を見直すだけでなく新しい視点が生まれるきっかけにもなりそうです。

ー メディアづくりは、制作プロセスでさまざまなコミュニケーションや思わぬ広がりが生まれることも魅力だと感じているのですが、佐賀だけ、長崎だけを対象にしたメディアだったら生まれなかったようなことというのは何かありますか?

末崎:当初、自治体側は「有山さんに頼めば良いものをつくってくれるだろう」というスタンスだったと思うのですが、制作チームと両県の担当者全員で現場を歩きながら制作する中で、より良いものをつくろうという熱量が両県で高まっているのを感じます。
表紙については、フェアになるように1号目が長崎、2号目は佐賀と交互に変えているのですが、単に自分の県の写真が使用されればOKというのではなく、「この表紙は本当に『SとN』らしいのか」「読者はどう受け取るか」ということを2県が直接議論してくれるようになりました。3号の表紙にカーネーションの写真をつかっているんですが 、その駆け引きは特に大変でしたね(笑)。でもなんだか嬉しかったんです。
異なる県に属し、異なる意見を持った人たち同士が、地域を超えて話し合う面白さを感じています。
(↓3号の表紙)

「SとN」の制作を通じて、両県庁の担当者の考えや視点がどう変化したということについても、直接インタビューがしてみたくなりました。
自治体同士が地域の生き残りをかけて、観光や移住促進の競争をしている昨今ですが、地域を超えて連携し、共創する道を進むことで、また違った未来が開けるのではないか? そんな思いが一段と強まったインタビューでした。

「SとN」は地域間交流をテーマにしたメディアではないため、両県の人たちが直接的に交流したりコラボレーションするような取り組みは現時点では行っていないそうなのですが、「SとN」に掲載された人同士が県を超えて行き来するような関係は生まれているとのこと。
今後「SとN」の制作を通じて、両県で新たな連携プロジェクトが始まったりすると面白いですね!

この後も、末崎さんが感じている地域間交流の可能性などについて話が盛り上がったのですが、少し長くなってしまったので続きは次回。お楽しみに!

末崎光裕
西日本新聞社 出版部次長。新卒で福岡のタウン誌で働くも、情報の速さやボリュームを競う時代に合わず、27歳からフリーランスに。その後編集プロダクションをはじめる。2006年に「ブックオカ」を有志で立ち上げ、「福岡を本の街へ」「本と人と街をどうつなげていくか」をテーマに各種活動を行ってきた。同年に創刊された無料の地域文化誌「雲のうえ」を読んで、「自分がやりたかったのはこういうことだった」という悔しさとともに、アートディレクレクションの魅力を知り、2007年に「有山達也 装幀、雑誌のしごと展」を企画する。その他にも、本と街に関わるさまざまな企画・編集に携わっている。手がけた本に「ペコロスの母に会いに行く」「戦争とおはぎとグリンピース」「本屋がなくなったら、困るじゃないか」「大分県のしいたけ料理の方」「雲のうえ 一号から五号」など。



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