学校へ行こう


 その日は、久しぶりに学校に行こうと思って、朝起きて、制服を着て、電車に乗った。

 どうしても学校に行けなくなってから、半年近く経ってた。
 学校に行かなくなって、家にいても一人で退屈だった。
 ゲームだって一日中やってたら飽きる。ゲーム廃人になるには、僕には集中力が足りない。そんなにゲームが上手な訳でもないから、すぐ飽きてしまう。



 けど、学校には沢村という嫌な奴がいて、僕の顔を見れば嫌なことを言う。
 それを、クラスのみんなが気の毒そうに横目で見てる。
 つまり、僕はいじめられっ子という奴だ。
 教師は、僕と沢村の微妙な雰囲気に気が付いてるけど、面倒くさいのか、見て見ぬふりをする。
 いったい、僕の何がそんなに、沢村の気に障ったのか、思い出そうにも、思い出せない。
 僕たち、二人のあいだに、記憶に残るほどの大事件があった覚えがない。

 自分で言うのも何だが、僕、日野裕樹はそんなに特徴のない普通の十六歳なのだ。
 人気者になるほど優れてもいなければ、いじめられっ子になるほどトロくもない。
 そんな風に思って、高校二年まで、生きてきたのだが。
 べつに何も悪いことしてなくても、いじめられっ子ってなるものなんだな、と自分がやられて初めて思った。

 毎日、疲れるために、学校に行くのが嫌になって、隠れるように家に籠ってみたが、やはりそこまで意志が強くもない僕には、悲しげな家族の視線を浴びつつ、家に籠っているのも限界だ。

 親にも悪いと思うし、自分の将来も諦めたくない。
 ちゃんと学校に行って、大学にも行きたい。
 うー、降りる駅まで、あと、三駅……?

「……大丈夫? 顔、真っ青だよ?」
「……、……」
 気合い入れ過ぎたのか、だんだん寒気と吐き気がしてきて、しゃがみこんだら、髪の長い誰かが自分を覗き込んでた。うちの学校の制服じゃない。
「体調悪い? 駅員さん呼ぶ?」
「……大丈夫。ちょっと、寝不足なだけ」
 同い年くらいの可愛い女の子が、心配そうに尋ねてくれたので、僕は慌ててごまかした。
 まさか、約半年ぶりに学校行くんで、いろいろ考えると憂鬱で吐きそうで、とも言えない。
「ホント? 無理しちゃダメだよ」
「……ありがと」

「みう? その人、大丈夫? ドア閉まっちゃうよ」
 電車が停止して、ドアが開く。
「あ。いけない。うん、平気だって! じゃあね。学校ついたら、保健室行ったほうがいいよ」
 女の子は、ショートカットの友達に呼ばれて、パタパタ、綺麗な髪を揺らして、その駅で降りてった。

 大丈夫。
 か、どうかはわかんないけど。
 行ってみたら、また情けなく心挫けるかもしんないけど。
 とりあえず、がんばる。
 知らない可愛い子にも、心配してもらったし。
 なんかそーいう、普通のやりとり、久々で、ちょっと嬉しかった。
 望んだわけではないけど、問題児になってしまって、普通の学校生活と遠ざかってしまっていたから。
 あの子のおかげで、びっくりして吐き気と寒気も止まったし、学校へ行こう。

 あんなふうに、隣の誰かに、大丈夫? て、あたりまえに言って貰える、自分の居場所を取り戻しに行こう。


 



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