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俯瞰する人:博士の普通の愛情

郊外の人がまばらな街。駅前とは言え、ここで何かを満たそうとする住民の意識の密度が小さく感じる。古い商業ビルの一階にある昭和っぽい喫茶店に入ってみる。知らない街に行ったときにチェーン店には入らない。いつもと場所を変えたことが無意味になってしまうからだ。カウンターの中には50代中盤くらいのひとりの女性がいた。昼食がまだだったのでミックスサンドを頼もうとしたら、できないと言われた。

「包丁にトラブルがあって、無理なのよ」と、過去に一度も聞いたことがない理由を聞くことができた。ピザトーストなら作れるけど、と言われたがそのふたつの何が違うのかよくわからない。アイスコーヒーと一緒に出てきたピザトーストは包丁のトラブルをものともせず、綺麗に四つに切られていた。

カウンターが4席とテーブル席が6人分の小さな店内には「ローマの休日」の写真がたくさん貼られていた。僕の向かいのカウンター席に座っていた常連らしき初老の男性が帰っていくと、客は僕ひとりになった。ローマの休日がお好きなんですかと聞くと、「特別そういうわけじゃないけど、嫌いな人はいないと思うから」と答える。

面白いな。こういう人が好きだ。反対に、何かにとことんのめり込んでいる「趣味の人」が苦手だ。対象への好意の熱を感じて暑苦しい。客観性を持って、自分と他人が演じている舞台を俯瞰できる人が好きだ。のめり込みタイプの人からはつまらない冷血漢と思われることも多いが、それでもいい。自分は好きな種類の人とだけ付き合うことにしている。

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恋愛に関する、ごく普通の読み物です。

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多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。