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シンクロニシティ:博士の普通の愛情

YouTubeを見ていると懐かしい曲がアップされていたりする。いい気分になるんだけどそれも長くは続かない。僕が若い頃に MTV やベストヒットUSA が始まった。それを毎週録画しておいて飽きもせずに毎日朝まで観ていると早起きの父親が起きてきて「まだ起きていたのか」と怒られるということがよくあった。

今でも当時の音楽ばかり聴くのは、粘土をこねて作られた自分という人形には、その頃の音楽が砂粒のような不純物としていつの間にか練り込まれているからだと思う。古い曲が流れてきたとき、カラダのどこかに埋もれている砂粒が共鳴する。新しい音楽が良いとか悪いとかいう評価の話ではない。今の曲は今の若者が自分の粘土の中に混ぜていくのだ。

40歳の頃、22歳の女性と付き合っていた。彼女は音楽が好きで、よくライブやフェスに行くのだが僕はそれをあまりこころよく思っていなかった。単なる、新しい音楽が生み出す若い文化への嫉妬だとわかっていた。彼女がまったく知らないミュージシャンの名前を言うとき、僕は不機嫌になった。そんな自分を幼稚すぎると自覚してはいたけど、「あんな曲は70年代の焼き直しじゃないか」などという典型的な年長者マウントをとることをやめられなかった。そう言ったあとは当然自己嫌悪に陥るんだけど、彼女は屈託のない顔で「じゃあ、その元ネタを聴かせて」と、僕のレコード棚を漁るのだ。

「なんで KOOL & THE GANG をいいと言ったあとに TMネットワークを聴けるのか、僕にはわからないね」
「だって、どっちもいいんだもん」

彼女にとっては自分の世代の音楽も古い音楽も違いがないようだった。それこそ真っ当な音楽好きだと言えるはずなんだけど、僕の凝り固まった狭量さはその態度をいい加減だと感じていた。

「ここにあった CHIC のレコード、知らないかな」
「あ、それ友だちに貸した」
「どうして僕に何も言わないで貸すの」
「ごめん。聴きたいって言われたから」
「あの『エレガンス・シック』は一番大事にしてるレコードだって前から言ってたよね」
「うん。それはわかってるけど」
「わかってるならどうして貸したんだよ」

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恋愛に関する、ごく普通の読み物です。

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多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。