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ペンネーム

私は樋口あんこという名前で活動している。

本名は全然違うし、そもそも苗字は樋口ではない。
なんならあんこも別に好きじゃないどころか昔は嫌いだった。

子供の頃は両親と姉、そして祖父と同居していた。
私と母は洋菓子が好きで、父と姉は和菓子が好きだった。
私は和菓子が好きではなくて、特にあんこは独特の甘さと、粒あんに関しては皮の食感がどうにもダメだった。今でこそ美味しく食べれるが、お汁粉はいまだに食わず嫌いをしている。

両親と祖父は実家で料理屋を営んでいて、祖父が亡くなった今も両親とパートさんで切り盛りしている。
定休日は木曜日で、土日はもちろん営業していたため学校がある期間は週末家族でどこかに行くという事はなく、夏休みなどの長期休暇で木曜日に学校が無い日は家族でお昼を外で食べるのが楽しみだった。

そのほとんどが家から一番近くにあるレストランのサイゼリヤ、次点で回転寿司だった。今も帰省する時は木曜日の昼この2つのうちのどちらかに両親と行く事が多い。

小学校低学年のある日、家の近くに和食レストランの夢庵ができた。家族は夢庵に言ってみようと話している。私は断固拒否した。「夢のようにあんこがあるところなんて行きたくない」。私は本気だった。

家族は大爆笑だったが、私からすれば何が楽しくてあんなのっぺりと黒光りしたペーストを夢のように食べなければいけないのか。それは夢であっても悪夢の類だ。私は本気だった。

結局、私の樋口家(仮称)の夢庵デビューは先送りされ、夢庵初体験は私が中学校に上がってからだった。あんこの乗ったメニューはデザートに2種類程度しか置いてなかった。

ペンネームをあんこにした理由は響きがいいからであって、大好物だからとかそういうことではない。けど、私の文章が世に出るならあんこが良いなと漠然と思っていただけだった。

そして、本当は樋口あんこではなく伊藤アンコにしたかった。もちろん私の苗字は伊藤でもない。響きが良くて、母音で始まるのもいい。

ただ、伊藤姓で名がカタカナ三文字だとどうしても福本伸行作品の「カイジ」を思い出してしまうのと、伊藤アンコでGoogle検索をかけるとすでに伊藤あんこ名義で活動されている方がチラホラといたのでボツになった。

樋口にした理由は森見作品の読者なら察しがつくであろう樋口清太郎から来ていたり、あるいは伊藤がダメになって何にするかと考えた時に樋口一葉がふと思い浮かんだという直感的な部分もあったり。

そしてもう一つ、私の知人友人に樋口姓は一人だけいて、中学の部活の先輩だった。

私が1年生の時の3年生で、もちろん最上級生なのだが競技の実力はそこまでではなかったし、どちらかというと同級生はおろか下級生からもいじられるような先輩だった。
ただ、3年生にとっての最後の大会である総体前になると突如として才能が開花したのか、日頃の練習と鬱憤の成果か1番小馬鹿にしていた2年生のエースを練習で打ち負かしてしまった。
練習を切り上げ練習場から出て大泣きする2年生、打ち負かしたは良いものの大会前で練習の雰囲気は破壊されそもそも普段自分をいじっている後輩が自分の手でボロボロと涙を流すものだからオロオロと動揺しまくる3年生。

樋口先輩の総体の結果は全く覚えていないが、私は私のペンネームをキーボードで叩くたびにギャンブル狂と5000円札と後輩を倒したはずなのに何故か同級生から慰められる先輩が嫌でも脳裏に浮かぶ呪いを自分自身にかけてしまった。

いつか私の作品を何かしらの形で手に取ることになったら、あんこののっぺりとした甘さと、気の弱い樋口先輩の事を想像して作品を読んでほしい。

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