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The First Adventure 2

 そこにいたのは女性の冒険者。
 若くて優しそうに見えるが、見たことのないような鎧を身につけて、無造作に持っている斧も何だか怖そうだ。

「アーティファクト……」

 フィーアの答えを聞いて、女冒険者はクスッと笑う。

「こりゃ、思いもかけない答えだな。 びっくりした」
「笑うなんて……ひどいです……」

 フィーアが思わず、ムッとすると、女冒険者はゴツイグローブをはめたままの手をフィーアに伸ばし、ぐりぐりと頭を撫でた。

「ごめんよ。 君たちみたいな子供から、そんな単語が飛び出すとは思ってもみなかったんだ」

 女冒険者は興味深そうにフィーアとテオを見ている。

「どんなアーティファクトなの? どうして探してるの?」

 フィーアとテオは顔を見合わせた。
 悪い人ではなさそうだけど、いい人すぎると危ないと言って家に連れ戻されるかもしれない。

「わたしは冒険者だ。 そして、今は暇だ。 良かったら手伝うよ。 何か事情があるのだろう?」

 二人が躊躇しているのを見て女冒険者は苦笑して言う。
 再び二人は顔を見合わせる。
 連れ戻されないなら、冒険者が手伝ってくれるのは心強い。

「どんなものかはわからないんです」
「これは冒険なんだ!」

 一度口を開いたら、子供たちからは次から次へと言葉が溢れ出した。
 きっとここへ至るまでの不安が、言葉を押し出しているのだろう。
 女冒険者は、そんな子供たちの話を頷きながら静かに聞いている。

「よし、事情はわかった。 君たちの冒険を手助けしよう」

 子供たちが話し終え、大きく吐息を吐くと、女冒険者は優しそうに微笑み頷いた。

「ただ、冒険じゃなくなったらつまらないからね。 わたしは極力口も手も出さないよ」

 その言葉に、フィーアとテオの顔が輝く。

「わたしの名前はアン。 フィーア、テオ、よろしくたのむよ」

「よろしくおねがいします!」
「よろしくおねがいします!」

 二人の元気な声が知恵の神殿にこだました。

*-*-*-*-*

「さて、じゃあ、冒険の旅に出発する前に、最低限の準備をしよう。 今のまま冒険に出たら、わたしが助ける暇もなく、二人とも魔物に殺されかねないからね」

 アンはそう言って、二人を連れて、階下の銀行へと向かった。

「フィーアはこれとこれとこれを付けて。 テオは……うーん……これかな……」

 銀行に預けていた防具を適当に取り出しては二人に装備させる。

「うわ! 何かすごく身体が良く動く! アン師匠、これは魔法の防具?」

 装備をひとつ、またひとつと身に付けるほど、自分が強くなっていく感覚に、テオは興奮し、そこら中を走り回り、飛び回っていた。

「そうだよ。 自分の身体そのものを鍛えるには限界がある。 そこで魔法の装備やアーティファクトが重要になってくるんだ。 鍛える余地があるフィーアやテオにはまだまだ必要ないものだけどね。 今は仕方ない」

 真剣な表情で聞いているフィーアとテオを見ていると、アンは『師匠』と仰々しく呼ばれるのも悪くない気がしてきた。

「フィーアが着ている装備は、秘薬を使わず魔法が使える。 マナの回復も早いし、魔法使いにはいい装備だよ」

 アンの言葉に頷くと、フィーアはCreate Foodの魔法を唱えた。
 何も持っていなかった手の中に、一瞬でマフィンが現れる。

「すごい! ホントに秘薬減ってない!」

「じゃあ、準備は終わりだ。 フィーア、どこの神殿から行く?」

 アンの言葉にフィーアの表情がキリッと引き締まる。

「あ、あの……街から近いところからと思って……最初は霊性の神殿に行こうと思うんですけど」

 何となく、古ぼけた紙片を取り出して眺めながら、自信なさげに呟く。

「どこでもいいぞ! 全部行こう!」

 テオの頼りないような頼りがいがあるような言葉に、気持ちが揺れ、助けを求めるように紙片を見つめる。

「それが、グリゼルダへの手紙?」
「はい。 文章は素っ気ないんですけど、いろんなところにハートマークが書いてあって、かわいいんです」

 アンとテオが手紙を覗き込んでくる。

「ホントだ。 ウザったいくらいハートだらけだなー」

 テオの言葉に、ハッとアンとフィーアは顔を見合わせる。

「フィーア……ハートがシンボルの神殿、なかったっけ……?」

「あります……! あれは……そう……」

「「慈悲!!!!」」

 アンとフィーアの言葉がかぶり、笑い合う。

「ちゃんとヒントがあったんですね」
「だねぇ。 フィーア、慈悲の場所はわかってる?」
「最短ではないかもしれないけど、ブリテインからの行き方ならわかります!」

 アン、フィーア、テオ。
 3人の顔が希望に輝く。

「では、まずはブリテインゲートに飛ぼう。 そこから先の道案内はフィーアに頼むよ」

 はーい!と子供二人の元気な声がこだました。
 子供たちもムーンゲートを使うことに慣れて、3人は難なくブリテインゲートに到着した。

「冒険者の移動の基本は走ること。 慈悲の神殿で、探し物にどれくらい時間がかかるかわからないしね」

「大丈夫! 戦士ギルドでもそう教わってる! 走り込みはバッチリだぜ!」

 意気揚々とテオが言う。

「それじゃあ、道案内も兼ねて、先頭はフィーア。 長距離を走ることになるから無理はしないように。 疲れたら休憩を取ろう。 まずはブリテインの街の中を目指せばいいのかな?」

「はい。 ブリテインの街の東地区から街道を北上します」
「あぁ、それなら、街の中央の川を渡って、川沿いに北上するのが早いな。 わたしは少し後ろから進むから、テオ、お前がフィーアを守るんだぞ。 よし、行こう!」

 アンの号令で、フィーアとテオが走り出す。
 二人ともスピードは少し抑え気味、長距離を走るということがちゃんとわかっているらしい。

「フィーア! 止まれ!! 前にモンバットがいる!」

 そう叫ぶと、ダッシュして、テオがフィーアの前に飛び出した。
 練習にも使っているのだろう、使い込んだ手斧でモンバットに斬りかかるが、モンバットに避けられてしまう。
 しかし、モンバットの意識はテオに集中し、その隙に、フィーアの唱えたマジックアローがモンバットに命中する。

 マジックアローは確実にモンバットの体力を削っていき、そしてテオの手斧が当たる前に、モンバットは倒れた。

「くっそー! 当たらねぇぇぇぇ!」

 テオは悔しそうに叫び、フィーアは疲れきったように、その場に膝をつく。

「テオ、フィーア、お見事! いいコンビネーションだったよ」

 フィーアの頭を撫でながら声をかける。

「でもアン師匠! 当たらなかったよ!」
「まぁ、そういう時もあるさ。 力負けしてるようには見えなかったし、モンバットの攻撃だってテオに当たっていないしね。 戦士とメイジのコンビとしてはお手本のような戦法だったよ」

 テオは、アンの言葉にもあまり納得していない様子だったが、不承不承と言った風に頷いた。

「もう何体か倒せば、練習になって慣れるだろうけど、今は急ぐから、魔物が出て来ても極力避けて、逃げることにしよう。 走れば奴らは追いつけない。 いいね?」

 はい!と元気よく返事をすると、フィーアも立ち上がり、再び走り出す。
 すぐにブリテインの街中に入り、人を避けながら、東へ、そして北へと向かう。
 フィーアがたまに疲れて、歩いてしまうことはあっても、すぐに再び走り出し、テオはそんなフィーアの後を気遣うように走っていく。
 途中キャッツレアーの方を気づかわしげに何度も振り返るアンの様子など二人とも気づかない。
 ブリテインの街があっという間に過ぎていき、森の中の街道へと進んで行く。
 街道を囲む森の奥からは、様々な魔物の雄叫びが聞こえてくる。
 前を行く二人は、それに気づいていないのか、アンの教えを守っているのか、スピードを落とすことなく進んでいく。
 太陽の位置と、影の長さを確認する。

 これなら日が暮れる前に探し物まで終えることが出来そうだ、そう思った瞬間、先を行く二人の足元が様子を変えたことに気づいた。

 それまでのきつく踏み固められた道から、水気の多い、苔が蔓延る、そう湿地帯、沼地のような……。

「フィーア! テオ!! 行くな! 戻れ戻れ!!」

 そうアンが叫ぶのと、水色のブヨブヨした固まりが二人目指してまっすぐに近づいてくるのが目に入るのと、ほとんど同時だった。

「街道まで戻るんだ!」

 素直に戻ってきた二人とすれ違いざまに叫ぶと、そのままブレードスタッフを構え、二人を追ってくるプレイグビーストロードを待ち受ける。
 口に呟くは聖なる呪文。
 プレイグビーストロード以外には、今のところこちらへ向かってくる魔物の姿はない。

「我は聖騎士アン。 邪悪なる魔物プレイグビーストロードよ、我が必殺の刃を受けるが良い!」

 神々しい光がアンを包む。
 射程範囲に入ってきたプレイグビーストロードにブレードスタッフを斬りつける。
 ひと振りする度にプレイグビーストロードの身体が崩れ落ち、崩れ落ちたものがスライム状になって動き出し、アンに向かってくる。

「あぁ、そっか……忘れてた……! んもう! 面倒くさいな!!」

 アンは舌打ちしつつ、ブレードスタッフからダブルアックスに武器を持ち替える。
 意識を集中し、ダブルアックスを振り下ろすと、どんな早業か、目の前のプレイグビーストロード以外にも、周りのスライム状の魔物にも傷が走る。
 プレイグビーストロードが手下のスライムを作り出すより早いスピードで、アンは次々に魔物たちを屠っていく。
 そして、ついにプレイグビーストロードも力尽き、動かなくなる。

「ふぅ……面倒くさかった……」

 少しも疲れていない様子で振り返ると、少し離れた場所で、目を輝かせながらアンを見つめているフィーアとテオ。

「街道まで戻れって言ったよね?」

 斧についた魔物たちの欠片を布で拭いながら、街道へと戻っていく。

「アン師匠すごい! かっこいい!」
「魔法! アン先生魔法も使えるの?」

 魔物に襲われかけたショックより、アンの戦いぶりに興奮したらしい。
 ウキウキするようにアンの後をついてくる。

「フィーアとテオは、この辺で休憩! ちょっと偵察してくる」

 エセリアルオスタードを呼び出すと、飛び乗って沼地に向かって駆け出す。
 沼地には思った通り、ブヨブヨしたのを始めとして、様々な魔物がうじゃうじゃしていた。
 街道から先の街道まで駆け抜けたり、沼地の周りを大きく回ったりして、検証する。
 最後にバックパックの中身を確認して、子供たちの元へ戻る。

「ここから先の方針を発表する!」

 マフィンを美味しそうに頬張る二人の前に仁王立ちして言う。

「沼地の魔物はお前たちには強敵だ。 わたしが先にいって、魔物を引き寄せ、倒しまくる。 その隙に少し後ろをついて来い」

 マフィンを口の中に押し込みながら、くぐもった声で返事するフィーアとテオに愛おしさが募り、身体に力が満ちる気がした。

「沼地を抜け、街道に出て少し行くと家が建っている。 その裏の方に隠れて、このポーションを飲むんだ。 身体が見えなくなるポーションだ。 飲んだら効果が切れるまでじっとしていること」

 ポーションを渡しながら、二人の頭をぐりぐりと撫で回す。

「よーし、行くぞ!」

 エセリアルオスタードに跨り、斧を振り回しながら、魔物たちに斬りかかって注意を集めると少し先に進み、また別の魔物に斬りかかる。
 アンが進んでいった後には、魔物のいない空間が生まれ、そこを恐る恐るフィーアとテオが進んで行く。
 魔物たちに囲まれ、アンの姿が見えなくなると、魔物の中から気合のこもった叫び声が響き、半分以上の魔物が屍体に変わる。
 再び魔物たちの群れから姿を現したアンは、次の獲物へと斬りかかり、どんどん前へと進んでいく。

 数回そんなことが繰り返されただろうか。
 冒険者のものらしい凝った造りの豪邸と、その合間を縫う街道が見えてきた。

「フィーア! テオ! 行け!!」

 折り重なるようにアンを囲む魔物たちの中心から、叫び声が聞こえ、二人は手をつなぎ、街道へとダッシュする。

~つづく~

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