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バルバドス旅行記 ー出発・到着編ー

旅に出るまで

北米と南米大陸の間、キューバやプエルトリコなどの島国に縁どられた丸いエリアには、カリブ海がすっぽりと収まっている。そこでは見渡す限りターコイズブルーの海が広がり、風がそよぎ、大西洋側のふちに大小さまざまな島がぱらぱらと浮かんでいる。

バルバドスはそのカリブ海の島国のうちの一つ。種子島くらいのサイズで、端から端まで車で1時間くらいしかかからない。Wikipediaによると島の全てがサンゴ礁でできているらしい。水がきれいで浅く、水温の高い海域で形成するサンゴは、死ぬと細かい白い粒になり、ゆらゆらと水中を漂う。サンゴが反射した日の光は海の濃い青に混じって、辺り一帯の水は淡いエメラルドブルーに見える。岸にはサンゴの粒が打ち上がり、白くさらさらの砂浜ができる。そうやってカリブ海から湧き出てきた島が、バルバドスだ。

カリブ海にぽつんと浮かぶその島に、私は去年、一人で行った。

美しいビーチが見たかったから、というのが直接の理由だけど、他にも理由は色々とあった。せわしなく観光名所を巡るのではなく、リゾート地でのんびりする旅行にずっと憧れていたこととか、仕事に疲れていた自分を綺麗な場所に連れていってあげたかったこととか、「パイレーツ・オブ・カリビアン」を学生の頃見て以来、いつか自分の目でカリブ海を見たいと思っていたこととか。

最初からカリブ海に行こう、と思っていた訳ではなかった。その時の私はニューヨークに住んでおり、ただ、ああ、どこかきれいな場所に行きたい、リゾート地みたいなところに行きたい、ニューヨークから行けるリゾート地はどこだろう、と思ったのだった。そうやって、フロリダやメキシコやキューバなどぱっと思いつく南の観光地を調べているときに、はっと、あれ、カリブ海ってここら辺じゃん、と気づいたのだ。「パイレーツ・オブ・カリビアン」のカリブ海じゃん、と。

そう気づいてからは早かった。まだ寒いニューヨークで、私は休日の朝起きてはブランケットにくるまり、パソコンに向かって「カリブ海 リゾート」「カリブ海 きれいなビーチ」「カリブ海 フライト」などとググり、いろんな島の写真を眺めて、どこに行くか考えた。

「カリブ海 ビーチ」と検索するとこうなる

バルバドスに決めたのは、そのこじんまりしたサイズ感に、いかにも「白い砂浜に囲まれた美しい島」という地上の楽園感があったからだ。私はラム酒にも熱帯雨林にも植民地時代の面影を残す市街地の景観にも興味はなく、ただビーチで海を楽しめることだけを求めていた。

「この島に行きたい」そう決めてからはバルバドスのリゾートをググりまくり、一番評価が高くて、ホテルのプライベートビーチの写真が気に入ったオールインクルーシブリゾートを予約して、渡航日まで毎日「バルバドス 天気」とググりつづけた。そんな折、遠距離恋愛をしていた彼氏に電話越しに振られ、楽園旅行は傷心旅行になってしまった。元々一人旅の予定だったので旅行には別に影響がなかったのだが、心持ちに微妙な変化があった。まあ、でも、ビーチが全部なかったことにしてくれるだろう。天がなぐさめようとしてくれたのか、旅行の前半まで大雨が続くことになっていた天気予報は、出発間際になって晴れときどき曇りに変わっていた。

出発の日


旅行は、出発の前日までは慌ただしいが、一旦荷物をつめてパスポートを持ったことを確認して家を出てしまえば、がぜん冒険感が出てくる。しばらく着ていなかった鮮やかな緑のワンピースや赤いドレスやビキニ、日焼け止めとビーサンを入れたトランクをえっちらおっちら引きずって、私はわくわくしながらJFK空港にたどり着いた。

アメリカの東海岸にあるニューヨークやボストンの空港には大体Dunkin Donutsというドーナツチェーンが入っている。日本でいうミスドのようなもので、国民に愛されているドーナツ屋だ。安くてジャンキーで砂糖たっぷりの甘い味である。私は空港でDunkinのドーナツとコーヒーを食べるのが好きで、他のターミナルであってもわざわざ行って、大好きなストロベリー味のドーナツを買い、ゲートに持ち帰って出発のコールがかかるまでもしゃもしゃと食べることを恒例にしている。今回もそうした。

これでもかというくらい甘い


ニューヨークからバルバドスへのフライト時間は、6時間程。短くはないが大して長くもない。2時間くらい昼寝して、2時間くらい本を読んで、2時間くらい音楽を聞きながらぼーっとしていたらあっという間に着いた。

降り立ったバルバドスの空港は、むわっと暑く、昨日までの大雨の名残を残す雲の隙間から日光が照りつけていた。人もまばらで空港スタッフの人たちものんびりと歩いている。やっと来たぞ、バルバドス。

空港からホテルまではタクシーに乗った。運転手のおじちゃんは私にどこから来たのかと問い、私はちょっと迷ってニューヨークと言った。こういう時、いつも日本というかアメリカと言うかちょっと迷う。別にどっちでもいいんだけど、日本と言った方が「ああ!あのアニメ知ってるぞ!」と嬉しそうに話してくれる人が多い。でもこの時はニューヨークから直接来たので、素直にそう伝え、ニューヨークは本当に寒かった、バルバドスは暖かくて嬉しい、と言った。おじちゃん曰く、ここ数日すごい雨だったけど、今日から晴れたとのことだった。天よありがとう。

ホテルの入り口は白いゲートが爽やかで、受付のデスクからロビー、ビーチを見下ろすデッキまでが吹き抜けになっており、チェックインしながら海と青い空が見えた。部屋に荷物を置いて、早速デッキまで行くと、その先には、私が心待ちにしていた風景が広がっていた。

エメラルドグリーンの海、白い砂浜、パラソル、ビーチデッキ。頭の中で思い描いていた風景が、目の前にそのままあった。嬉しくて泣きそうになった。デッキから細い階段を降りたら、すぐそこに海があった。

1ヶ月ほど毎日夢見ていた光景だったので、今いきなりビーチに降りたら、感極まって息が詰まりそうだった。そこでまずはデッキでビーチを眺めながら、段階的に喜びを感じることにした。ロビーの横のカフェで、アイスコーヒーとチョコマフィンを注文する。実は私は予約段階でオールインクルーシブの意味を理解しておらず、チェックインの時に「飲み物も食べ物も全部値段に含まれています」と言われて「えっ?」と聞き返したくらいだったので、このカフェで注文しただけで食べ物が出てきて新鮮に感動した。そして同じ値段だから食べたいだけ食べようと思った。食い意地に関しては、学生時代にスイーツパラダイスに行っていた頃から全然変わっていない。

海を眺めるカフェ

アイスコーヒーを飲んでいるうちに、日が暮れてきた。デッキから眺める夕日は、格別だった。視界を遮るものが何もないプライベートビーチで、太陽はオレンジの輝きになり、雲を淡いピンクに染めながらゆっくりとカリブ海に沈んでいく。遠くの水平線が暗くなっていくと同時に、ホテルのデッキ沿いの松明がつき、南国の夜が始まる。

生まれ育った国からはるか遠く、ほぼ地球の反対側にぽつんと浮かぶ島で、どういうわけか、私はたった一人で海を眺めている。私を縛るものは何もないが、逆に繋ぎ止めてくれる人も場所もない。ふわふわと地球を漂う私は、気づいたらこんな遠くまで来てしまっていた。おやすみ、地球。おやすみ、バルバドス。


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